ルマン24時間耐久レース2016

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて(1)

4.
August
2016

僕にとって2年振りとなるルマン24時間耐久レース参戦が正式に決定したのは、今から3か月前くらいのことになるだろうか。
年々激しさを増すルマン24のシート争い。
今年も半年近くに渡り不眠不休でヨーロッパのチームとの交渉を粘り強く続けた末に、ようやく掴み取ったルマン24のシートだ。
この戦いには信じられないほど沢山の支援者、そして仲間達の想いが詰まっている。

僕にとって世界の舞台で戦うことは幼少の頃からの夢であった。
特に僕が16歳の時に、当時のカート世界一決定戦でもあった「インターナショナル 香港カートGP」で勝利してからというもの、僕の頭の中は自らが再び世界の舞台で戦うことだけで埋め尽くされていた。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

そこから10年の歳月を経て、26歳の時にF1ドライバーという最高の形で幼少の頃からの夢を叶えることが出来たのは、僕にとって最高の喜びだったことは間違いない。
そしてそれから更に19年の歳月を経て、齢45を迎えた僕が未だにこの世界の舞台での戦いを続けることが出来ているのは、これもまた夢のような話と言っても過言ではないのかもしれない…。

信じること、そして信じ続けることの尊さとその意味を、今改めて思わなければならない。
本当に僕は人に恵まれているのだと思う。
心からそう思える。
年齢を重ねてみてこれまでに得ることが出来たもの、そしてその一方で失ったものも山のようにあるだろう。
結局のところ、人生は自らが心の奥底で願っている方向にしか転がってはくれないのかもしれない。
そんな当たり前のことに気付くことが出来れば、真実は全て自らの中にあるということが何となく透けて見えてくる。
人間誰しもが心の声に蓋をしがちだが、今ではヨーロッパで過ごすこの時間が、そんな僕の心の蓋をオープンにするためのトリガーになっているのかもしれない…。
雑音の多いこのご時世では相当な困難が伴うのかもしれないが、僕はそれでも自らの心の奥底にある心の声を聞くべく、数十年もの間、日々の生活でも自らに幾つかの約束事を課すように努めている。
いまこうしてフランスから東京へと向かう機上でレポートを書いているが、驚くことに渡欧してからまだ20日間くらいしか経過していない…。
長く感じたり、短く感じたりと、時間の概念とは不思議なものである。
アインシュタインという稀代の天才がこの事柄については詳しく教えてくれているわけだが、我々凡人がそれを意識する機会はなかなか少なかったりする。

ルマン24時間レースを一度でも経験すると、24時間という時間への概念が大きく変化することに気付くだろう。
これほどまでに24時間とは長く、意義深いものなのかと。
日々、何となく24時間を過ごしていると気付くことが出来ない時間なのかもしれない。
時間とは誰にとっても有限なのだ。
6月2日に渡欧してからこうして再び日本への機上の人になるまでの間があまりに濃密な時間であるため、渡欧したのがまるで半年前のことのようにも感じられてしまう。
あっという間に過ぎていく感覚と同時に、とてつもなく長い時間を過ごしていたような感覚が、心と頭の中に同居しているのだ。
一年に一度、こうして普段無意識にしか感じられない事柄をはっきりと意識させてくれる、そんな魂の時間も悪くない。
究極の「静」と「動」の時間だけが、僕を本当の意味で成長させてくれているのだと今では思っている。

さて、肝心のレースの方に話題を戻そう。
フランスお得意のストライキと、一世紀ぶりとも言われている記録的な大雨により、混乱を極めているフランス、シャルル・ド・ゴール空港から、急遽予定を変更しながら何とかバスと電車を乗り継ぎ、6月2日に無事ルマンへと到着。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

6月5日には待ちに待ったルマン24の公式テストデーが行われる。
ルマンに到着して早々の6月3日には、チームと合流して早速テストに向けたミーティングを開始。
今回我々がルマンで使用するマシンは、他チームに比べると年式が型落ちのマシンとなるため、戦闘力という部分ではかなりの遅れをとることになることが予想されている。
最新のマシンに比べると5年落ちのマシンということになるだろうか。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

2年前まではまだ新しく出始めたマシン達とも何とか戦えてはいたのだが、ここ2年で他のマシンのアップデートが急速に進み、大きな差が生まれてしまったと言う訳だ。
エンジンに関しては9割以上が日産エンジンを使用する中、我々ともう一つのチームだけがイギリスのJUDDエンジンを使用している。こちらも少数派の難しさで、日産に比べると残念ながら開発が進んでおらずその性能差は明らかであった。
ただレース参戦のためのバジェット等を考えてチームが用意することが可能であったパッケージが、このオレカ03にJUDDという組み合わせだったのだ。
テストデーは予想通り、いや予想以上に苦戦することになった…。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

前回のイタリアはイモラサーキットでのレースでも、マシンに幾つかの問題を抱えていること明らかではあったのだが、そこからこのルマンまでの短い時間でチームが出来ることは限られている。
ルマンではこのパッケージでもそこそこは戦えるというチームの甘い予想は、この公式テスト走行にて見事に覆されてしまった。
高回転域を得意とするJUDDエンジンがルマンでは力を発揮すると思われていたのだが、今回はその肝心のストレート区間でも他のマシンに比べると5km/hから10km/h程の遅れをとってしまっている。
長い直線が5つもあるルマンサーキットでは、ストレートスピードの遅さは致命的だ。
これに加えてトルクフルな日産エンジンは最高スピードへの到達時間が早く、コーナー出口からの加速の部分でも大きく遅れをとってしまっている。
コーナリング部分ではダウンフォース量に勝る最新のマシン達が圧倒的に有利であることは明らかだ。
これら全ての要素がチームの予想を遥かに上回る形で差になって現れてしまっていた。
このテストデーで僕はマシンのセットアップに関して出来得るであろうことを全てまとめることに集中した。
僕自身のことに関していえば、2年振りのサルトサーキットを攻略するのにそれほどの時間は必要としなかった。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

ここ数年は年に数回のレーシングカーのドライブになってしまってはいるが、マシンに乗ると自らが思っている以上に早い段階で感覚を戻すことが出来ている。
これには正直自分でも驚いているのだが、今年45歳を迎えた僕にとってはやはり嬉しい驚きでもある。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

テストデーを終えてルマンウィークまでは1週間ほど時間が空くことになるのだが、ここからの数日でチームがやれることは少ないだろう。
強豪チームはこの間にもテスト走行を行っていたりするのだが、残念ながら我々のチームにその予定はない。
僕は宿に籠ってこのテストデーでのレポートをまとめ、チームに対するリクエストのリストをまとめたりしていた。
限られた状況の中でいま出来る事を考えつくし、それをすべてやる。それしか方法はない。

その後少し空いた時間は、例年通りルマンを離れロワール地方を訪れることにした。
ここで年明けからずっと休みなく続けてきた交渉やトレーニングでの疲れを、一旦リフレッシュさせるようにしている。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

レースを始めた11歳の時からF1時代も含めてずっと、どこの国に行ってもサーキットとホテルの往復しかしてこなかった堅物の僕が、こうして少しの時間ではあるが、レースから離れてその場所の風景や風を感じる時間を持てるようになったのは奇跡と言ってもいいかもしれない。
昔の自分では考えられないことである。それほど僕は気持ちを切り替えるのが下手で不器用なのだ。(笑)
フランスの田舎は素晴らしく綺麗で、今ではこの小旅行での時間がレースウィークに向けての強力な充電時間にもなっている。
特に6月のフランスは本当に美しい季節だと思う…。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

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