4.
August
2016
そして迎えたレースウィーク。さっそく月曜日から様々なイベントが催される。
まずはルマン名物の「公開車検」。
レーシングマシンの車検をサーキットではなく、ルマン市の中心部にある「レピュブリック広場」で、一般の観客の皆さんの前で行うのだ。日本ではまず考えられない光景だろう。
このレピュブリック広場での車検は、レース運営側もチームも様々な準備等で非常に忙しい中、マシンをサーキットからわざわざ移動させたりと、かなりの労力を必要とする。
何故わざわざこんなことをするのかと思ってしまいそうなのだが、こうした一見無駄とも思えるようなことをあえてやり続けていくことに意味があり、そしてそこに文化が育っていくのだと思う。
火曜日にはサーキットにて、ドライバーズブリーフィングにオートグラフセッション(サイン会)がある。
普段は入ることが難しいピットレーンを一般の方たちに開放して、ピット前にはドライバーがずらっと並び、2時間以上もサイン会をやるのだ。サイン会に参加しないドライバーには罰金が科せられるのだとか。その間、もちろん間近にマシンを見ることもできる。
文化を育てる上で、こうしたサーキットに来て下さる観客の皆さんに寄り添ったイベント作りもとても重要な要素だろう。
この日は突然スコールのような大雨が降るなど荒れ模様の天気にも関わらず、途切れることなく大勢のファンの方がサーキットを訪れてくれていた。
文化とはなかなかどうして一朝一夕では出来上がらないものなのだ。
その時の一瞬の盛り上がりではなく、信じられないような手間と知恵と時間をかけて、少しずつ出来上がっていくものだということを、日本のモータースポーツ界も学ばなければならないのかもしれない。
そして水曜日にはいよいよレースウィークの走行が開始。
水曜日には公式走行と1回目の予選が、木曜日には2回目の予選が行われた。
結論から書いてしまうと、我々のチームはマシンに関する大幅な改善を見ることはできなかった。
現状で考えうるベストなマシンセットの変更を行っているつもりなのだが、どうしてもマシンのリアクションは僕のイメージしている方に向かってはくれない。
僕にはテストデーから含めて、マシンのセットアップ以外に何か根本的な部分で問題があるような気がしてならなかった。
僕自身、マシンのセットアップは決して苦手な方ではなく、どちらかといえばかなりの得意分野だと思っており、自信もある。
それだけに、自分がイメージしたように車が動いてくれない原因が、マシンのセットアップ以外のところにあるのではないかと公式テストデーの後から感じているのだ。
例えば2011年以来使用し続けているオレカの1号車でもあるこのマシンのモノコックに、疲労で何かが起きているのかもしれない。
人間に例えれば疲労骨折のようなものだろうか。
レントゲンでも撮れれば良いのだが、人間のようにはいかないのが歯がゆいところだ。
そんなこともあり本当の原因は闇の中だ…。
ただこの問題は非常にデリケートでもあり、時間、労力そしてお金を考えるとレースウィークまでにどうにか出来ることではない。
もちろんこのセットアップの決まらないマシンに苦しんでいるのは僕だけではない。
チームメート達も同様に苦しんでいて、僕より速いタイムを刻むことは出来ていない。
ジェントルマンドライバーであるニキは別として、昨年来、他チームにおいて最新型のマシンでヨーロピアンシリーズとアジアンルマンを戦ってきたジェームズの方は、あまりのマシンの乗りづらさに言葉が出ない様子だ…。
2日間の公式走行と予選を終えても、その状況が大きく変わることはなかった。
予選のアタックは、テスト走行時から最速タイムを出している僕が担当したものの、やはりタイムは思うように伸びない。
色々な状況を考えれば、車の限界を引き出すだけのベストな走りは出来ているのだが…。
同じJUDDエンジンを積む別の1チームと、同じ旧型のオレカ03のマシンを使用する1チームが、やはり我々と同じく苦しんでいて予選でもこの3台が後方に並ぶことになった。
ここまで来れば、決勝に向けてやれることはシンプルだ。
セットアップに関しては全てチームから僕が任されており、現状を考えればこれが限界だろうと思われるところのベストな状況までは作り上げてきた。
あとはチーム、そしてドライバー全員が、24時間の長丁場をミスなく確実にマシンを走らせることに集中するのみ。
僕の中ではすでにその準備は出来ている。
あとはやるだけだ。
金曜日には、こちらもルマン24名物である「ドライバーズ・パレード」がルマン市内の美しい旧市街にて行われた。
ルマン24に出場する全てのドライバー達がそれぞれクラシックカーに乗り旧市街を行進するこのパレードには、地元のちびっ子レーサーや、サンバの衣装に身を包んだ女性や男性、それからサーカスの一行なども加わり、それはそれは賑やかなお祭りとなる。
毎年沿道には数万人もの観客が訪れるルマン市あげてのビッグイベントだ。
このイベントを僕は毎年とても楽しみにしている。
老若男女問わず本当に沢山の方たちが、沿道から笑顔で手を振り選手たちを迎えてくれる。
「シンジ!」と沿道から声をかけてくれる観客の方が、思いのほか多いのにも驚かされる。
その昔ここフランスのチームでF1を戦っていたことと、気が付けばルマン24への挑戦も9回目となることも大きな理由なのだろうが、こうして異国の地で全く知らない人達から声をかけてもらえるのはやはり嬉しい。
この光景を見るたびに僕はモータースポーツの文化が何たるかを考えさせられる。
今年のパレードも本当に素晴らしい時間だった。
このパレードが終わると、いよいよレースモードに頭のスイッチが切り替わる。
決勝日の朝はウォームアップ走行があるため、8時にはサーキット入り。
ここから長い長い24時間+αが始まる。
レースは24時間だが、その前からすでに準備は始まっているのだ。