ルマン24時間耐久レース2016

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて(3)

4.
August
2016

天気予報によると、スタートから数時間あたりが雨の予報になっている。
この時期のフランスの天気は変わりやすく予想が難しい。
スタートは僕が担当することになっているので、一番難しい場面は今回も僕が担当することになりそうだ…。
雨でのマシンの状態はことさらに悪いので、チームメート達は絶対に走りたがらない。(苦笑)
スタート前まで何とか持ちこたえていた空から、マシンに乗り込む寸前で見事に雨粒が落ちてくる。これで僕は2013年、2014年、2016年と3回連続でスタートドライバー@レインコンディションということになりそうだ。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

今年はハリウッドスターのブラッド・ピット氏の旗振りにて、2016年のルマン24がスタートする。
今回のルマンにはブラピをはじめ、ハリウッドスターのジャッキー・チェン氏、パトリック・デンプシー氏、キアヌ・リーブス氏、ジェイソン・ステイサム氏などなど、名だたる世界のセレブリティーの方々が数多くサーキットを訪れていたらしい。
それだけ現在のルマン24が世界的に注目を集めているということなのだろう。
そして迎えた15時。
いよいよレーススタートだが降りだした突然の豪雨により、急遽セーフティカー先導でのスタートになることが決定した。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

ここでいきなりマシンにトラブルが発生してしまう。
リアのホイールセンサーが壊れ、いきなりトラクションコントロールが使えなくなってしまったのだ。このタイミングで、滑りを制御する要であるトラクションコントロールのトラブルは最悪だ。雨の難しいコンディションの中でもあり、我々は最初から厳しい状況に追い込まれることになった。
セーフティカーの後ろで6周以上はしただろうか、ようやく雨量が減りはじめ路面状況が改善されてきたとの判断でレースがスタート。
この雨の中トラクションコントロールは依然全く機能せず、厳しいスタートだ。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

おまけに第2シケインを通過するところでいきなりエンジンがパワーを失いスローダウン、そこに後ろにいたマシンから追突されてしまう。
大事には至らずそのまま走行を続けるが、今度はシフトダウン時にギヤが落ちなくなってしまう…。
レース序盤からまさにふんだり蹴ったりとはこのことだ。
一方、雨は完全に上がり路面は乾きつつあり、タイヤを交換するためにピットへと戻る。
ここで1周目に追突された際に受けたダメージを修復するべく、一度マシンをピット内に入れることに。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

10分程で修復を終えてタイヤをスリックに交換し戦列に復帰するのだが、トラクションコントロールは相変わらず作動せず、ギヤの問題も周回を重ねるごとに状況が悪くなってしまう。
それでも何とか予定の2スティントを走り切り、ピットへと戻る。
ここでドライバー交代と同時にダウンシフトの問題を解決するべく、メカが修復にあたる。
修復を終えてピットアウトした2番手のニキの無線からは、シフトに関する不満は聞こえてこない。代わりに今度はブレーキング時にスロットルが戻らないとの無線がチームに入っているようだ。
この頃走行を終えた僕は、ピット裏のホスピタリティエリアにあるトラックの中で、次の走行に備えてチームのフィジカルトレーナーのマッサージとストレッチを受けていた。トレーナーが携帯しているチーム無線を聞いてはいるが、何となくの戦況しか伝わってこない。
マッサージが行われるトラックの室内に入るとさっきまでの喧噪と爆音が嘘のように静まり返っている。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

実に不思議な空間だ。
静けさの中、夏の蝉の泣き声のような耳鳴りだけが耳の奥で響いている…。
マッサージを終えると、モーターホームのベッドで少しだけ横になる。
眠ることはなく身体を横たえるだけだが、束の間の休息だ。
戦況も当然気になるのだが、24時間を最高の状態で戦うための休息も重要なのだ。
ピットの方ではニキがピットに戻っていて、スロットルの修復を行っているとのこと。
これまでトラブルとは無縁だったチームであったのに、決勝では何故かトラブルが続発してしまっている。
問題のあった部分の部品を取り換え戦列に復帰するが、どうやらまた問題が発生しているとのことでピットに戻っているとのこと。
今回我々ドライバーのマッサージを担当してくれているセーラが伝えに来てくれた。
そう何度も同じトラブルが起こるものなのだろうか…。
どうやらチームはここで3番手のジェームズにドライバーを交代することにしたようだ。

iPadでライブタイミングを見ながら横になっていたのだが、タイムを見るにジェームズは順調に走行を重ねているように見える。
トラクションコントロール以外は順調に機能しているようで、彼はそのまま連続で4スティントを走り続けることに。4スティントは45分×4になるので約3時間のドライブだ。
走行距離で言うならば約600kmといったところだろうか。東京からだと北に青森、南西で広島辺りまで辿りつける距離になるだろうか。
次の僕のスティントは22時半くらいからになるだろう。ここからは日が落ち、ルマンで最も難しいであろうナイトセッションだ。
走行の1時間前にはベッドから体を起こしてストレッチを始める。頭をきちんと働かせておかないと、いきなり暗闇の300km/hはかなり痺れる…。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

そして無事4スティントを走り終えたジェームズがピットへと戻り、僕の2回目の走行開始だ。
ここから夜が明けるまでの数時間、いよいよルマンの長い長い夜が始まる。
夜のサルトサーキットは驚くほどに視界が悪い。ハイスピードで走行を続けるマシンの中からは、殆ど見えないと言っても過言ではない。
必要以上にコースをライトアップして明るくしないのもこのレースの伝統で、それは80年以上を数えるルマンの歴史上大きくは変わっていない。
上位クラスのマシンはヘッドライトの性能が良く、夜でもかなり見えているようなのだが、旧型のマシンの我々のライトは信じられないくらいに暗いのだ。
街灯のない道路を300km/hで疾走するのをイメージして頂きたい…!
それでも流石に僕自身は9回もルマンを戦ってきているだけに、夜の走行はポイントを掴んでいる。
今ではライトがもう少し明るくて、マシンのセットアップさえ良ければ夜のセッションも結構楽しむことが出来そうだ。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

ルマンの夜は日中に比べてかなり気温が下がるので、タイヤとエンジンにとってはかなり条件が良くなってくる。マシン性能的には昼よりも夜の方がポテンシャルが上がってくると言ってもよいだろう。
3スティントをノーミスで走り終え、1回目の走行を殆ど行わなかったニキにドライバーを交代する。マシンはトラクションコントロールが使えない以外、大きなトラブルはない。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

走行後はエンジニアに軽くマシンの状況を伝え、タイヤの内圧等を確認してから再びマッサージを受けるためパドック裏のトラックへと向かう。
マッサージの後はチームのホスピタリティにて軽く軽食をとることにする。食べるのは大抵の場合、エネルギーに変わりやすいパスタだ。それにフルーツを少しだけ。

2016 ルマン24時間耐久レースを終えて

再びモーターホームへ戻り横になる。
夜中の1時を過ぎたくらいからだろうか。
少し睡魔が襲ってくるが、完全に眠ることは出来ない。
そういえば僕は小・中学校の修学旅行などでは必ず最後まで寝られない子供だった。
自分が繊細なのか、ただ楽しくて興奮していたからなのかは分からないのだが、大人になっても基本は何も変わっていないところが面白い。

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