WEC世界耐久選手権 SEASON 2014

24時間を超えて2014(4)

24.
June
2014

スタートして数周したところでマシンがなかなか思った通りに動いてくれない状況にあることを確認した。
路面状況の変化なのか、それともタイヤの内圧があっていないのか…。
とにかくミスを起こさないことに集中して周回を重ねる。
焦りはミスを誘発する。

そして予定通りファーストスティントの1時間を終えてピットに戻る、このピットでは給油だけを行いそのまま再びコースへ。
1周13キロのサーキットでおよそ6リットル弱の燃費だ。
タンクは満タンで90リットルまで入るため、満タンからガソリンがなくなるまでに14周は走れる計算だ。時間にして約1時間になる。

ピット時間の長いタイヤを交換するタイミングでドライバーを交代するので、チームの戦略はタイヤがグリップ力を失い始めるセカンドスティントの終わりでドライバーチェンジを行う予定になっている。
つまり計2時間の走行でドライバー交代をすることになる。
F1であればこれでレースは終了するわけだか、ルマンはこれをドライバーあたり約4回繰り返す。
いわば1日でF1レースを4戦分走る計算だ。先は長い。

スタート前に空を見上げた時に1コーナーから風が吹き始めているのを感じていた。
僕のルマンでの経験上、この風は雨を運んで来る風だ。
ちょうど昨年のスタート前がそうだった。
ちょっと嫌な予感がしていたのだが、それを無理やり意識の奥にしまいこむ。

セカンドスティントに入ったところで少し空が暗くなり始めたのを感じた。
と同時にフロントガラスにほんの少し雨粒が落ちてくるのが見て取れた。
ルマンの天気は変わり易い。
そしてそのスピードは尋常ではない。
広いルマンのサーキットでは雨が来ると感じた瞬間には、その次のコーナーが土砂降りの雨だと言うこともよくあることだ。
まさに昨年のスタート直後がそうだった。
少しの変化も見逃さない集中力がルマンでは試される。

24時間を超えて2014

やはりテルトルルージュを抜けてユーノディエールのストレートに入る頃には既に強い雨が降り出していた。
どのマシンも急激に減速を開始する。
減速が一瞬でも遅れると雨で濡れた路面にドライ用のスリックタイヤという最悪の状況であっと言う間にコントロールを失い、ガードレールの餌食になる。
僕はギリギリのタイミングでマシンを減速させることに成功する。

だがその瞬間!

僕のマシンの右隣で減速していた優勝候補の筆頭であるアウディに、後ろから減速が遅れたマシンがもの凄い勢いで突っ込んでくるのが見えた。
その瞬間を僕はミラーで見ていたが、かなりの大きなクラッシュになっているのは間違いない。
僕のマシンはコースの左側で減速していたのだが、もし左側にこの減速の遅れたマシンが来ていたら…。
僕はこの惨事をすり抜けるようにマシンを走らせ回避することが出来た。
右か左か、運命はほんの数メートルで分けられる。
これもルマン。
人生もそんなものなのかもしれない。

このアウディを巻き込んだ数台のクラッシュで直ぐにセーフティーカーが入った。
ここから30分以上のセーフティーカーの先導による走行が続く。
このアクシデント以外にもこの一瞬の大雨でコースの様々な場所でクラッシュが起きているようだ。
一連の事故が大きかったため、大破したマシンの回収に時間がかかる。
ドライバーに怪我がなければ良いのだが…。

このセーフティー走行の間に僕のマシンの燃料が限界に達していたため、ここでピットイン。
給油とタイヤ交換、そしてドライバーを2番手のマーティンに交代。
この突然の豪雨による大混乱の中、何とか無事にたすきを繋ぐ事が出来た。
タイヤは僕の判断でドライとウェット両方のコンディションに対応できるインターミディエイトタイヤを選択。

24時間を超えて2014

雨はほぼ止んだものの、難しい路面状況の中マーティンは順調に周回を重ねる。
このイギリス人のマーティンは箱車での経験が豊富なドライバーだ。
彼は走行を重ねるごとに少しずつ落ち着きを取り戻し、ドライビングも安定してきている。

この時エンジニアはドライ専用のスリックタイヤの方が良かったのではないかと僕に話したのだが、僕は100%インターミディエイトが正解だったと思っている。
インターミディエイトとは雨用の完全なウェットタイヤと晴れ用のドライタイヤの中間のタイヤになる。
ある程度路面が乾いてきてもそのまま走り続ける事が可能なようにコンパウンドが少し固めに作られている。

マーティンのラップタイムは悪くない。
先ほどの雨の影響でコースオフやクラッシュするマシンが続出する中、順調に周回を重ねている。
路面が乾き始めるかと思われたその瞬間に再び空から雨が降り始める。
ルマンの天気はいつも気まぐれだ。
インターミディエイトのタイヤで走り続けているマーティンは他チームのタイヤ交換を繰り返しているマシンよりピットに入る回数をセーブ出来ているため順位も大幅にアップ出来ている。
やはりインターを選んだ僕の判断は正しかった。

このルマンでは出来る限りリスクを減らして先を読むことが重要になる。
僕にはジェントルマンドライバーである彼がいきなり濡れた路面でドライ専用のスリックタイヤでの走行になればどうなるかは容易に想像出来た。
それは氷の上を時速300キロ近いスピートで走るようなものだ。
難しい路面状況の中もしかしたらもう走行を出来る状態ではなくなっていたかも知れない。

僕が空を見ることには意味があるのだ。

24時間を超えて2014

そして無事マーティンが予定の2スティントを走り終え、3番手のドライバーであるドイツ人のピエールがマシンに乗り込む。
彼もジェントルマンドライバーではあるが、GTクラスで8回以上ルマンにも参戦しているツワモノだ。
ドイツ人らしく気性の荒い、そしてちょっとシュレックにも似ている大男。
テスト走行時からミスが多く一番心配していた彼の走りなのだが決勝ではどのようなものなのだろうか。
ここまできたら彼を信じるしかない。

24時間を超えて2014

僕は走行後にマッサージを受け少しだけベッドに横になっている。
トランスポーターの中は静かなのだが、目を閉じても眠ることは出来ない。
まだまだアドレナリンの放出量が眠気に勝っているようだ。
先はまだ長い。
フェラーリ独特の甲高いエンジン音が耳鳴りに変わって僕の耳のなかで甲高い音を出し続けている…。

24時間を超えて2014

そろそろ僕が走り終えてから3時間が経つ。

あと1時間程で再びドライバー交代だ。
1時間前にはストレッチを行い準備を整える。
途中セーフティーカーが入って時間がずれたので次の走行は21時半くらいからになりそうだ。
ここからちょうどこの僕のスティント中にはサーキットに夜の帳が降り始めるだろう。
夏至に一番近いこの時期のルマンは22時半位まではまだ明るさがある。

24時間を超えて2014

(5)へ続く

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