24.
June
2014
ピットに戻りタイムモニターに目をやると順位はトップ10辺りまで浮上している。
スタートが18番手だったので、混乱の中かなり順位を上げることが出来ているようだ。
ピエールの走りもテスト走行時に比べると格段に安定感を増している。
僕とのタイム差はまだ2秒以上あるのだが、それでもラップタイムの刻み方は見ていて安心感がある。大丈夫だ。
そして21時半、再び僕の出番だ。
ここからは難しいスティントになる。
夜のルマンは極端に視界を奪われる。
コース上は真っ暗なのだ。
真っ暗闇の中を時速300キロのスピードで駆け抜ける感覚が想像できるだろうか?
このルマンの最も難しい部分がこの夜の走行と言えるだろう。
僕自身F1やINDYなど世界最速、そして危険といわれるレースを経験してきているが、このルマンの夜の走行ほどシビれるものはないと思っている。
この夜の走行をいかにミスなくこなせるかがこのルマンで好結果を生むためのkeyであることは間違いない。
ここから長い夜が始まる。
僕のセカンドスティントは完全な夜の走行となった。
昨年は夜の走行を走ることなくリタイヤでレースを終えているのでまずはここまで来られたことがちょっと嬉しい。
暗い中での走行は極めて順調だった。ペースも悪くはない。
スタートを担当した最初のスティントの走行後にタイヤの空気圧が全くターゲットから外れていることが判明した。それも僅かではない。
数値的にはあり得ないような内圧で走行をしていたのだ。
どうりでマシンが言うことを 聞かなかったわけだ…。
今回のスティントはスタート時の内圧を調整しているので、マシンのハンドリングもかなり改善されているようだ。
2時間の走行を無事に終えて再びマーティンにマシンを託す。
ここまで僕はノーミスで走り続けている。
再びマッサージとストレッチを受けるためにトランスポーターに戻る。
体力的には全く問題ない。
ルマンに参戦出来ないとわかってからも、それでもいつでもレースに出られるようにトレーニングだけは毎日欠かさず続けていたのでコンディションは万全だ。
軽く食事を食べて横になる。
今回は日本のチームということもあり、千葉氏のご好意でおにぎりやにゅうめんなどが用意されている。
ヨーロッパで僕が日本食を食べることはまずないのだが、今回はレース中にトランスポーターの中でにゅうめんと美々卯のニシンを食べているのが実に不思議な感じ。
とても優しい味で少しほっとする。(笑)
日本の味はやっぱりいいな。
レース中にそんなことを考えている自分がちょっと笑える。
こういうさりげない気遣いがリッキー流だ。ありがたい。
耳鳴りは更に勢いを増している。
この時点で夜中0時前。まだ半分も過ぎていない…。
24時間をこれほどまでに意識することが普段の生活の中であるだろうか。
人間は集中さえすれば24時間の間にこれだけのことが出来るのだ。
思わず普段の時間の使い方を考えさせられてしまう。
日付が変わったルマンサルトサーキットの暗闇の中をレーシングマシンはただひたすらに走り続ける。
いったい誰がこんな競技を考えたのだろう。
冷静に考えると狂っているとさえ思えてくる。
マシンも人間も限界に挑んでいる。
この競技が既に81回も続いているという事実は更に信じがたい。
だがこのレースには人を惹きつける何かがある。
いつの間にか僕自身がその一人になっているのだから驚きだ。
人生とは実に奥が深く、そして面白い。
ここからはドライバーが最もミスを犯しやすい時間帯だ。
走行後は身体を休めるためにトランスポーターの中で横になっているため走行中のチームメートの状況は分からない。
何かあれば誰かがトランスポーターにそれを伝えにくることになっている。
便りがないのは無事の証拠という訳だ。
次の僕の走行は夜中3時半頃になるだろう。
途中チームメート達はコースオフなどの幾つかの小さなミスを犯すも、幸い決定的なミスには繋がっていないようだ。
3時半過ぎ、ピエールが無事にピットに戻りここからは僕が真夜中のスティントを担当する。
恐らくここが一番体力的には辛いタイミングだ。
身体も重くなり動きが鈍くなり始める時間帯でもある。
眠気を振り払い集中力を高める。
起きぬけの時速300キロは結構しびれる。
目が完全に暗順応するまでの数周が一番ミスを犯しやすい。
焦点が合うスピードが遅れブレーキングポイントやクリッピングポイントが狂うことがあるのだ。
夜のサーキットにはコースオフしたマシンが撒き散らした砂利やタイヤカスなどがあちこちに散乱しているため、ほんの少しラインを外れただけでも命取りになる。
この最も集中力を要求されるスティントで僕はほぼ完璧に2スティントを走りきることが出来た。
自分でも驚くほどの集中力で走れていたと思う。
スタートからここまでミスは一度もない。
朝の5時半頃に予定通りピットに戻り、再びチームメートのマーティンにマシンを託す。
この頃には空が少しずつ白み始めてくる。
今まさに夜が明けようとしているサルトサーキットを走るのは実に幻想的な瞬間でもある。
ただ美しいのだ。
この瞬間を全てのチームが待ちわびている。
夜明けとともに戦いは更に続く。
僕の次のスティントは朝の9時半くらいになるだろう。
再びマッサージを受けベッドに横になる。
夜中のスティントを終えて少しほっとしたのか強烈な睡魔が襲ってくる。
しかし完全に眠ってしまうとパフォーマンスが落ちるのでわずかにまどろむぐらいしかできない。
本当に過酷なレースだ。
ピットガレージ内ではチームのメカニック達の疲れもピークに達しているのが見て取れる。
皆もう40時間以上寝ていないだろう。
しかし一体誰がこんなレースを考えたんだ!
彼らメカニック達には本当に頭が下がる。
本当に表彰されるべきはドライバーではなく彼らだと僕は常々思っているくらいだ。
何度も書かせて頂いているがモータースポーツは究極のチームスポーツだ。
ドライバーはもちろん、メカニックの小さなミス1つでマシンがリタイヤに追い込まれることもある。
全ての意識が1つになった時に初めて結果が見えてくる。
チームに関わる全ての人間が共に戦っていることを忘れてはいけない。
そしてレースは休むことなく続いている。
この時間帯はこのまま延々にレースの終わりが来ないような錯覚に陥ることがある。
夜が明けてから午後3時のゴールまでの時間はとてつもなく長い。
人もマシンも限界に近づきつつある時間帯だ。
自然と時計を見る回数が増える。
チームメート達は走るたびに調子を上げている。
僕がセットアップを施したマシンは恐らく彼らの走りにもフィットしているはずだ。
彼らの走りにはもう心配はいらなかった。