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富士にて想ふ 前篇

僕にとって今回のWEC富士は生涯忘れられないものになるだろう…。

ここ数年の僕は年にほんの数回だけしかレースを戦っていない。
もちろん出来ることならもっと走りたい気持ちもある。
ただモータースポーツ界だけではなく、日本、そして地球環境など様々な状況を冷静に鑑みた結果、僕のようにこの世界である意味非常に恵まれたキャリアを積ませて頂いている人間が、この年齢になってなお一年中自分のやりたい事だけをやり続けるのも如何なものかと考えてしまう自分がいる。

今年42歳を迎えた僕だが、走ることへのモチベーションが衰えたとはいささかも感じていない。
幸いなことにそのために自分自身を追い込むだけの体力もまだ残っているようだ。
スポーツ選手として続けてきた普段からのトレーニングに食事制限は、ここ数十年何も変わっていない。
当たり前の事を、当たり前に続けているだけのこと。
これはもう日常になっている。
そんな僕の体型は20年前以上前からずっとそのままだ。

富士にて想ふ

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ここ数年は走る量が減り、且つ僕自身が年齢を重ねている分、これまで以上に自らを追い込んでいる部分もあるだろう。
熾烈を極める現在のルマン24での争い。
このレースはもはや耐久レースではなく、長時間に及ぶスプリントレースの様相を呈してきている。
ここ数年で急激に技術が進歩した結果、マシンの信頼性が上がり、以前のようにトラブルを気にする必要が減った分、レース中のスピードは格段に上がっている。
マシンの開発スピードは、まさに日進月歩だ。
一昔前の耐久レースとはもう耐久レースの概念が変わってしまっていると言っても過言ではないかもしれない。

富士にて想ふ

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そしてそのレースを戦うドライバーは間違いなく世界のトップレベルの選手が集まっている。

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今年は僕以外にもほんの少し前までF1を戦っていた日本人ドライバー達がWECに参戦している。
中嶋一貴選手や小林可夢偉選手もそうだ。

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一貴のことは彼が10歳くらいの頃から良く知っている。
彼は僕がもう10年以上講師を務めさせて頂いている鈴鹿サーキットスクールの教え子でもある。
こうして彼がF1を経て現在僕と同じレースを戦っている姿を見られるのは何とも感慨深い。
僕も年をとる訳だな。(苦笑)
昨年は現在INDYを戦う元F1ドライバー佐藤琢磨選手もWEC富士に参戦していた。
彼も近い将来本格的にルマン24への挑戦を視野に入れてくるだろう。
現在のルマンでは特に僕が参戦しているLMP2クラスへ実にバラエティ豊かなドライバー達が集まってきている。
現役F1テストドライバーに元F1ドライバー、INDYの現役ドライバーに元INDYドライバー、F1への登竜門であるGP2やフォーミュラルノー3.5を現役で戦う活きのいい若手ドライバーも大勢出場している。
今期INDYでスポット参戦ながら1勝を挙げているマイク・コンウェイもその一人。
彼は僕のチームのもう1台のマシンのドライバーだが、実に優秀だ。

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今回のWECには現在日本のスーパーフォーミュラやGT500を戦っている日本人ドライバーまでもが加わった。
世界中のどこを見渡しても、箱車のレース以外のカテゴリーでこれだけのバラエティ豊かな選手達が一同に会して戦うレースカテゴリーを他で見つけることは難しい。
僕が客観的に見たとしても、かなり面白い戦いでありレースだと言える。
使用しているマシンがイコールコンディションに近いこともあり、どのチームのマシンも常にタイム差は拮抗している。
そのレース内容もまた最後まで息を抜けない大接戦で、もはや耐久レースの域を越えているといっても過言ではないであろう。
どうせならP1クラスのドライバー達も全員このP2クラスのマシンで戦えばもっと面白いのにと思ってしまう…。

このように一年を通してレースを戦っている彼ら優秀なドライバーたちを相手にして、年にたった2回しかレーシングマシンをドライブしていない今年42歳を迎える僕がどこまで戦えるのかは実に興味深いところでもある。

そんな状況下ではあるが、もちろん僕は参加することだけを目的にしているわけではない。
あくまでこの大舞台で勝つことが一番目標なのだ。
むしろ僕のモチベーションはそこにしかないと言っていい。
レースウィークに入りチームメンバーと合流する、そこから僕は圧倒的に短い時間の中でパズルを組み立て始める。
この大切な1週間に関してだけは、僕が学生時代に大の苦手だった予習、復習も完璧だ。
僕は見かけによらずかなり細かい。

富士にて想ふ

僕のような戦い方の場合、走れていない分は今までの経験と計算とでイメージを膨らませていくしかないのだ。

週末に入りルマン24以来久しぶりにエンジニアのポールと再会する、挨拶もそこそこに、そこからはいつも通り彼との長いディスカッションが始まる。
ルマン24の後、彼らが戦ってきた数レースのデータを解析し、僕はその中身を頭の中に叩き込む。
そして金曜日の走行が開始されるまでにはマシンのセットアップの方向性と癖みたいなものは殆ど僕の経験値になってしまっているのだ。
こうして走行を開始する金曜の朝、僕にはこの時点でマシンセットアップの大まかな数字をイメージすることが出来ている。
これは僕が長年積み上げてきた経験を駆使した技でもある。

今回はルマン以来なので約4ヶ月振りのドライブ。
そんな僕にとってはレースウィークに入ったその瞬間から戦いが始まっている。
時間は1秒たりとも無駄には出来ない。
人間の集中力は時間が有限であると意識(認識)した瞬間に飛躍的に増してくるものなのだと思う。
僕はこのとてつもない緊張感と集中力に満ち溢れた時間がたまらなく好きだ。
いつもながら話がそれてしまった・・・。
今回のレース結果は皆さんご存知の通りである。
10月20日、僕だけではなく、サーキットに来てくださっていた全ての皆さんが同じ気持ちであの時間を過ごしていたのではないだろうか。

この辺りは今回のレースレポートに書かせて頂いているのでここでは割愛させて頂きたい。
今回の富士では色々なことを考えさせられている…。
いいなと感じた事柄もあった。
ここまででだいぶ長くなってしまったのでこれについては後半で触れることにしたい。

富士にて想ふ

後篇へ続く