17.
Apr.
2014
シャルル・ド・ゴール空港から走ること約2時間。
懐かしい風景が目に飛び込んでくる。
ここ、マニクールのサーキットはヌベールという小さな田舎町のそのまた外れに位置する。
かつてはフランスGPもこの地で行われていた。
僕自身も'97年に所属していたPROST GPがマニクールサーキットの隣に本拠地を構えていた関係でここに住んでいたことがある。
僕はサーキットの直ぐ近くにあるホテルに暮らしていたのだが、本当にホテルの周りには何もなかった。
日が暮れると街灯すら点いていない…。文字通り辺りは真っ暗闇なのだ。
時々牛の鳴き声が聞こえてくる。虫ではなく、牛だ(笑)
牛はとても穏やかな生き物だ。
僕自身かなりぎりぎりの精神状態だったようにも聞こえてしまうかもしれないが、僕はホテルの窓からよく牛を眺めていた。
草を食んでいる牛達を眺めていると必ず向こうの方からこちらに近づいてくる。
なんとも人懐っこい動物だ。
食事の時間になると必ず列になって並んで自分の番が来るまで待っている。
決して争わない。
我先にと列を乱そうとする牛を僕は見たことがない。
物事は連鎖する。感情もそうだ。
話が脱線しまくっていて本当に失礼…。
電車に乗り込むときに我先にと座る場所を探して争っている人間達もほんの少し見習ってほしい。
それぞれ事情があるとは思うので場合によっては仕方がないとも感じるが…。
そんな争いをしている人達が席に座った瞬間に取り出すのは大抵の場合、携帯電話だ。
自分よりも年齢が上の人たちを差し置いて席に座り、あげくに携帯電話でゲームをしている人なんかを見ている悲しくなることがある。
これはあまりヨーロッパでは見かけない光景だ。
僕は絶対に混んでいる電車で席に座ることはない。
多少疲れてはいてもそれは皆同じ、少なくても自分の体が健康なうちは争ってまで座る必要なんてないでしょ?
話を戻そう。
前回テストでマニクールを訪れたのは'06年の時だ。
もう7年振りか。
F1が開催されなくなったサーキットはやはり少しくたびれた感じに見えてしまう。
メンテナンスにかける予算が少ないのか。
人間も同じだと思うのだが、やはりモチベーションを持つことが出来ないとどうしてもくたびれた感じに見えてくるような気がする。
年を重ねれば尚更だ。老化だけは
止められない。
ただ、遅らせることが出来る。
お金もかからず一番効果が高いのはやはり夢を持つことではないかと思う。
言うまでもないが、夢や目標を持つことで人間を活き活きとしてくる。
少なくとも他人からはそう見えるだろう。
人生において夢や目標を持つことにはやはり意味があるのだ。
夢を甘く見てはいけない。夢とはエネルギーそのものだと思う。
テスト初日は天候もまずまず。
気温は低いが気持ちの良い初春の空だ。
マシンをドライブするのは昨年の10月以来だから4ヶ月ぶりになる。
久しぶりのドライブ前はやはり緊張感がある。
自分はレーシングマシンの走らせ方をちゃんと覚えてるのだろうか?
実際に走り出すまではいつもそう思ってしまう。
特にここ数年は年に1回か2回のドライブしかしていないこともあり、いきなりレーシングスピードに体を慣れさせるのは簡単ではない。
それでも最近ではコツを掴んできたのだが...。
自分で言うのもなんだが、まぁこの年齢でこの戦い方を続けていることを考えればよくやっている方だろう。
誰も褒めてはくれないので、自分ではそう思うことにしている。(笑)
徐々にスピードを上げ体が少しずつ感覚を取り戻してくる。
つくづく人間の感性とは凄いなと思う。
人間の持つ潜在能力と言った方が正しいのだろうか。
能力とは色々な事柄を総じて言葉にされているのかな。
僕の場合はこれまで大切に紡いで来た経験値の方が強いと思う。
どちらかと言えば「脳力」かな…。
こちらは努力と経験から得られるものなのだが、一朝一夕で手に入れられるものではない。
Rome is not build in a one day ... One day at a time ..
継続は力なり。
何事においてもそうだと思うのだが、やはり続けることの大切さ、そして尊さを学ばなければならない。
テストは順調に進めることが出来た。
久しぶりのドライブにしてはラップタイムもまずまずだ。
今回のテストが僕にとって今年のチームメンバーとの最初の仕事になるのだが、この挨拶代わりの初仕事はとても重要な意味を持つ。
彼らとの信頼関係を構築する上でもここでのミスは致命的だ。
エンジニアを始めチームのメカニック達の信頼をいち早く勝ち得ることが、チームの力を何倍にも素晴らしいものにすることを僕は海外での戦いで学んだ。
どうやらこのテストでこの第一段階はクリアできたみたいだった。
テストは3日間予定されていたのだが2日目は生憎の雨模様だった。
気温も3℃くらいしかなくテストの条件としては余り意味をなさないのでこの日の走行は断念することに。
3日目は再び気持ちのいい青空になったのだが、数周したところで今度はマシンのちょっとしたトラブルにより走行をストップすることになってしまった。
こうして貴重な走行時間をを奪われるのは悔しいが、こんな時こそいかに次のテストに向けて頭を切り替えられるかが重要だ。
僕は実に切り替えの下手な人間だと思っている…。
性格を変えるのは難しい。
それは自分自身を内観してみればよく分かる。
それでも最近ではほんの少しだけ自分自身に変化が起こってきているのを感じる事が出来る。
変化とは人間にとって必要不可欠なものである。
よくよく考えてみて欲しい、自らが変化することは思いのほか難しい。
ただ他人を変えようとするよりは自らが変化する方がずっと簡単であることを僕はここ数年で知った。信念と頑固は違うのだ。
このボーダーラインを見つけることがバランス感覚なのだろう。
明日は車で南フランスに位置するポールリカールサーキットへ車で移動する。
18歳の時に初めてギリスに渡英してイギリス以外の海外のサーキットを走ったのはここポールリカールだった。
サーキットまでは恐らくは7時間くらいはかかるだろう。
18、19、20歳の頃、僕はイギリスをベースにしてF1の前座レースを戦う為にヨーロッパを転戦していた。
思えばこの時はずっと車での移動だった。
長い長い移動の間、今は亡き祖父から貰った沢山の歴史小説を読みふけっていたあの頃。
本を読むことの楽しさを教えてくれたおじいちゃんに、もっと世界の色々な話をしてあげたかったな…。
明日からはいよいよ合同テストが始まる!
中野信治