13.
May
2014
第2戦のスパへの参戦が叶わないことを知った時は正直茫然自失だった。
その日だけはイギリスに来てからそれまで1日も休むことなく続けてきたトレーニングにも行けなくなるくらい全身から力が抜けてしまっていた。
張り詰めていた緊張感が変な形で切れてしまったような感じだろうか。
前向きに物事を考えろと言われてもそうそう簡単にはいかない。
しかも立て続けにこのような出来事が起こると更にそれが難しくなる。
本当にピンチはチャンスなのだろうか?
この一ヶ月近くは信じられないくらい色々な事を考えさせられた。
何故こんなことが起こっているのか?
何故?
?????????
どれだけの事柄が頭の中を駆け巡ったことか...。
チームに少なからず問題が生じていることは、僕自身がチームから程近いバッキンガムに滞在していることもあり把握していた。
だがこの問題は少なくともレースウィーク直前までには解決するだろうとの見解だったのだ。
もちろんチームの全員もそう信じていたし、レースに出場する準備は一つを除いては完璧に出来ていただけに嘘はない。
今僕は日本に帰国する飛行機の中でこの文章を書いている。
開幕前から数えるとどれくらいの時間が経っているのだろう。
今の僕には少し理解する事が出来始めている。
そう、やはり僕は考えさせられているのだ。
人生とは奥が深い。
今起きている出来事からその奥に潜む本当の意味を読み取らなければならない。
目の前で起きている出来事だけに執着し過ぎるのは危険なことだとも思う。
何故ならその出来事にどのような学びと意味が隠されているのかが分からなくなるからだ。
起きている出来事が大きければ大きいほど、そこには人生においての大きな意味のある学びと進歩、そして変化のためのきっかけがあるのかもしれない。
僕なんかより大変な思いをしている人達は五万といるのだ。
こんなことで負けてはいけない・・。
ただ一つだけ、僕を応援してくれている仲間達、そして辛抱強く励ましてくれているファンの皆さんにまだ良い知らせをお伝えできないことが心苦しい...。
本当に不思議なタイミングで不思議な出来事を起きることがある。
セレンディピティ。
この言葉はいつもポジティブに思える出来事が起こった時にだけ使うようにしていた。
偶然の幸運。
僕の大好きな言葉だ。
この言葉には更に深い意味があるような気がしてきた...。
まだルマン24及びルマン後のWEC参戦に向けての戦いは続いている。
帰国後もやることは山のように待っている。
チームとの交渉も引き続き手を抜くつもりはない。
しばらくは眠れぬ毎日が続きそうだが覚悟は出来ている。
もう10年以上になるのだが、自分自身で全ての交渉をやるようになってからは恐ろしく時間との戦いになることが多い。
ドライバーとして、マネージャーとして、時として営業マンとしても動かなければならない。
戦いはサーキットの中だけではないのだ。
実際メーカーなどの枠に捉われずに世界に出て行って戦うことは難しいことかもしれない。
ただ不可能ではない。
そんな事も出来ることなら僕自身が証明したいと思っている。
自分自身が現役を離れ外野になってから意見を言うのはもう少し簡単だと思うのだが、現役のドライバーとして世界で戦いながら、年々人気と競争の激しくなりつつあるルマンで実際にそれを証明すること簡単ではない。
これは僕自身のためだけではなく、閉塞感の強い日本のモータースポーツ界において大きな世界観を持っているドライバーや関係者に対するメッセージでもあると思っている。
いい年をした僕が寝る時間をも惜しんで全てを特化して世界で戦うためにサーキットの内外で戦っているのだ。
いま目の前にある物事がずっと続くと思ってはいけない。
本当の挑戦とは不可能と思えるものごとを可能にすることだと信じている。
「Now or Never」
今やるか、やらないかだ。
日本のレース界で戦う中堅選手達には職業としてのレーシングドライバーが確立されてしまっている。
そんな選手達が今ある全てを捨ててでも新しい挑戦に向かうことは難しいだろう。
若い才能のある本物のチャレンジャーが本気でトライすれば不可能を可能にする事が出来るはず。
僕はそんな芯のあるピュアなエネルギーを持った若者が日本のレース界に出現してくれることを切望している。
世界を目指すとはそういうことなのだ。
今回のイギリスでの2ヶ月間は僕にとっては原点回帰の時間になったとも思っている。
既に僕の中からネガティブな記憶は消えている。
いくら考えたところで過去は変えられない。
それよりもその時間を未来を創造することに使うべきなのだろう。
イギリスでは朝一番から起きて1日4時間のトレーニングを続け、久しぶりの自炊生活でプチベジタリアンにもなっていた。
夜は12時前にベッドに入れると言う幸せ。
日本では3時前に寝られることはない。
チームオーナーの心遣いで今回は彼のお母様のご自宅にステイさせて頂いていた。
人の家に泊まるとか、他人と生活するのが大の苦手で今まで経験したことがなかった僕が、イギリスにてまさかのオーナーのお母様との2人きりの同棲生活だった。(笑)
シルバーストーンサーキットから程近い小さな田舎町であるバッキンガムのゆっくりとした時間の流れのお陰で僕は久しぶりに人間らしい心と時間の概念を取り戻すことも出来たような気がする。
心と体のデトックスだ。
43歳になった僕が見たイギリスはあの頃から何も変わっていない。
でもほんの少し違和感がある。
18歳の時に初めて単身イギリスに渡った頃から比べるとほんの少しだけ成長した僕がそこにいた。
中野信治