Raca

アジアンルマンシリーズ 第2戦セパンを終えて

11年ぶりに訪れるマレーシア。
空港を出ると、熱帯雨林気候独特の絡みつくような湿気を含んだ生暖い空気が僕を出迎えてくれる。
ここマレーシアを訪れたのはほかでもない、つい数日前に急遽決定した「アジアンルマン第2戦」への出場のためだ。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

本来は富士で行われた開幕戦のみへの参戦予定だったのだが、富士でのレース結果と内容が予想以上に良かったことから、チームより急遽前向きなオファーを貰うことになったのだ。
僕にとってこれはやはり嬉しいサプライズ、1年に2度もレーシングマシンをドライブ出来る機会があるなんてこれほど嬉しいことはない。
先日鈴鹿で開催された「マセラティトロフェオ」への参戦を含めると、これで今年は3レース目になる。

ここ数年は様々な可能性の中から取捨選択し、自らが本当に戦いたいと思えるレースにのみ参戦を続けてさせて頂いている。
もちろんこうした戦いが実現出来ているのは、お力添えを頂いている沢山の仲間達のお陰でもある。
普通に考えると年間たったの3レースとも思われるかもしれないが、長い時間をかけてヨーロッパのチームとの交渉から日本での支援者の方たちとの折衝までの全てを自らで執り行っている僕にとっては、実に沢山の想いのこもったレースでもある。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

会った事もないチームオーナーとのメールでのやり取りから始まり、契約がまとまりサーキットで初めて握手を交わすその瞬間までの道のりは、皆さんのご想像以上に山あり谷ありだ。
僕はそんな気の遠くなりそうな交渉を、ここ10年もの間、毎年色々な国の色々なチームを相手に続けてきている。

ルマン24へ参戦を開始した2005年以降は、まるで通りすがりのドライバーのような戦い方だが、それでも手前味噌ではあるが、確実に足跡を残すことが出来ていると自分では実感を得ている。

そんなもうすぐ初老を迎える僕の戦いは、皆さんにどのように映っているのだろうか?

いい年してまだやってるのか?
これだけのレースキャリアがありながら、未だにそこまでやれるってなかなかだよね?
僕は色んな捉えられ方があっていいと思っている。

挑戦を続けることの大切さと意味は、それを実行している人間にしか分からない部分が多いのも確かだ。
だからと言うわけではないのだが、僕はそこで成功をしているか否かには関係なく、挑戦をしている人達に対して絶対にネガティブな感情を抱かないようにしている。
それは外からは決して見る事の出来ない、裏側にある本当の苦しみを、自らが経験してきているからなのかもしれない。
もちろんこれはスポーツの世界であっても、ビジネスの世界であっても同じことだ。

さて、灼熱のセパンへ話を戻そう。

いつもつい長文になってしまうこのレースレポートだが、今回はできるだけシンプルにまとめてみたいと思う。
まあ既に長いのだが・・・。

水曜日の夕方にマレーシアへ到着。
今回は空港に隣接するホテルに宿泊しているので移動に関しては気が楽だ。
大抵の場合、知らない土地でレンタカーを借りて、あちこち迷いながら青色吐息でホテルまで辿り着くのがいつものパターンになっている。
実は方向音痴の僕にとって、ナビが付いていないことの多いヨーロッパのレンタカーは、困りものなのである。

ホテルにチェックインしてすぐさまスポーツジムへと直行する。
長時間のフライトの後は、身体の血流が著しく悪くなる。
その滞った血液をドレナージュするべく、ジムで軽く汗を流すのだ。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

明日木曜には公式スケジュールにないスポーツ走行で少しマシンを走らせる予定なので、僕はいち早く身体の状態を100%万全にしておかなければならない。

ここセパンは気温がかなり高いことでも有名だ。
夏場のマシンの中は軽く50度を超えている。
常に自分の身体を、レースに向けてベストな状態に持っていけるのがプロだろう。
体調管理はドライバーにとっては、重要な仕事の一つだと考えていい。
僕は食事にトレーニングと、徹底した体調管理をもう20年以上は続けている。

サーキットに到着してみると、どうやら他チームのマシンは昨日のスポーツ走行枠からすでに練習走行を続けているらしい。
今日も4回の走行枠があるのだが、他チームは既に1回目からずっと走行を続けている。
これには正直焦る。
今回は僕にとっても11年振りに走るサーキット、そしてチームとチームメートにとっては初めて経験するサーキットなのだ・・・。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

こっちも他チームと同じように走らせて欲しい・・・。
そんなことを言ったところで、状況が変わらないのは知っている。
こんな時は出来る限り平常心で自律神経を高めるのが重要だ。
肝心の我がチームのエンジニアが、イギリスからサーキットに到着したのは、この最後の走行枠の30分前だった。

兎にも角にも、何とか無事走行開始。
まずステアリングを握るのは僕だ。
久しぶりのサーキットの感覚を取り戻すべく少しだけ周回を重ねる。
マシンの方は先日富士にて2年ぶりの走行を終えたばかりなので、直ぐに感覚も戻ってくる。
走行時間は1時間なのだが、僕は始めの20分程を走行しただけで、残りは今回がこのサーキットで初めての走行となるチームメートに譲った。
今回もチームメートのレースでのスピードが、勝つため重要なファクターになるだろう。

1時間のセッションを無事に終えて、セットアップに関する課題も幾つか見えてきた。
サーキットの特性もあり、アンダーステア傾向の強いマシン。
この問題を明後日の予選、そして決勝に向けて修正していかなければならない。
いつも通りエンジニアとの長いミーティングが始まる。

この日はミーティングを終えて、チームのメンバー全員とのディナーの予定だ。
先日の富士でのチームの素晴らしい働きぶりに感謝して、今回は僕が食事をご馳走させてもらうことになっている。
マレーシアに詳しくはないので、散々食事の場所を迷ったのだが、結局今回チームに加わっている地元マレーシアのメカニックお勧めのマレーシア料理に行くことに!
皆でワイワイ楽しく食べる食事は最高に美味しい。
彼らメカ達の嬉しそうな顔をみられるのは何よりも嬉しい。
僕のこの戦いを一番近くで支えてくれているのは、誰あろう彼らメカニック達なのだ。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

金曜日には2回の公式走行が行われる。
この日は朝から天候も安定している。
ここマレーシアは熱帯雨林気候でも知られている通り、1日のうちに1回は必ずと言っていいくらい雨が降る。
走行時間の少ない我々は、出来ればドライでセットアップを煮詰めていきたいので、雨が降るタイミングがずれてくれると有り難い。

結局この日は1回目、2回目の走行共に雨粒が落ちてくることはなく、順調にセットアップを進めることが出来た。

この日もやはりメインはチームメートのサーキット習熟だ。
僕の方は出来る限り自らの周回数を減らさなければならない。
セットアップを煮詰めていく上では非常にタフな状況だが、こんな時は経験と勘が大いに役に立つ。
短い周回の中でやれることは限られてくるのだが、出来るだけ多くの情報を手に入れるべく、集中力に満ちた周回を重ねる。
完璧なセットアップを見つけるにはやや至らないが、大体のセットアップの方向性に関してはこの日の走行で掴むことが出来た。
僕の頭の中では少しずつパズルが組み立てられている。
順位は両セッション共にトップとは僅差の2位。
久しぶりのサーキットにライバルチームよりスタートが遅かったことを考えれば、上々の滑り出しと言えよう。

土曜には45分間の短い公式走行と30分間の予選が行われる。
この日も空には雲があるものの雨粒は落ちてこない。

公式走行では、昨日までの流れで引き続きセットアップを仕上げる作業を続けている。
マシンの方は少しずつアンダーステアが解消されつつあるのだが、まだ完全ではない。
バランスそのものは決して悪くないのだが、僕のイメージするマシンの動きからはまだ距離がある。
タイム的には再び2番手をマークするが、最速タイムをマークしたマシンとは少し大きめのギャップがある。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

今回は、我々がエントリーしているLMP2クラスに、ライバルが一台増えることになった。
シーズン中はずっとヨーロピアンルマンシリーズに参戦している強豪、アルガレーブだ。

このチームのマシンは、最新型の屋根が付いた「リジェ」と言うシャーシコンストラクターが作る非常に完成度の高いマシンであり、現在WEC世界耐久選手権でチャンピォンシップをリードしているのもこのマシンなのだ。
我々のマシンに比べるとダウンフォースが格段に出ているようで、このアジアンルマンで使用されている固いコンパウンドのタイヤとの相性もいいようだ。

予選では太陽が顔を見せてくれたこともあり、気温、路面温度共にかなり上昇し始めている。
週末に入って一番の暑さかもしれない。
予選でのマシンバランスは決して悪いものではなかったのだが、気温が上昇したことで予想していた以上にリヤの限界が下がってしまっていた。
これによりマシンはそれまでなかったオーバーステアの症状を見せることになる。
この症状によりイメージ通りに攻めきることが出来ない。
結果は2番手と決して悪くはないのだが、トップのリジェのマシンが速過ぎるのがやはり気になる。

3番手には前回の富士で激しいバトルを展開した、ユーラシアモータースポーツのマシンがつけている。
今回このマシンには、現在WECでランキング2位につけチャンピォンシップを争っているリチャード・ブラッドリー選手が乗り込んでいる。
前回のトリスタン・ゴメンディ選手といい、今回のリチャードといい、このチームは非常に手強い助っ人を毎回連れてくる。

僕にとっては同じ「オレカ」の旧型マシンを使うこのチームは、直接的な比較対象でもあり、絶対に負けられない相手でもある。
予選ではこの同じマシンを操るリチャードとほぼ同タイムながら、僅かに彼のタイムを上回ることが出来た!
年に数回しかマシンをドライブしていないことを考えれば、上出来と言っていいだろう。
僕にとってこれはやはり素直に嬉しい結果だ。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

決勝に向けて再びエンジニアとの長いミーティングに入る。
今回ストラテジーを立てるのが難しいのは、雨も想定の中に入れておかなければならないと言うこと。明日の天気予報は概ね雨だ。
マシンのセットアップを雨よりにするのか、それとも晴れよりにするのかが非常に悩ましいところでもある。
変わりやすいマレーシアの天候は、いつも予報通りという訳にはいかない。
幾つかの可能性を考え、数通りのセットを用意し、最終的にどちらの天候に寄せたセットを作り上げるかは明日の状況を見て決めることにした。

そして迎えた日曜日。
朝目覚めて窓の外を見てみるがまだ雨は降っていない。
ただ遠くの空に、恐らくは数時間後に雨をもたらすであろう雨雲が見えている。
雨の中をレーシングカーで走るのなんて久しぶりだな・・・。

レーススタートの1時間前くらいだろうか。
それまで何とか持ちこたえていた空から雨粒が落ちてきた。
熱帯雨林気候の特徴なのか、1度降り出すとスコールのように激しく勢いを増す。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

確実に雨でのスタートになるかと思いきや、雨はそれから程なく止むことに。
これもこの地域ならではの特徴だ。
ここからスタートまでは数十分しかない。
路面は以前ウエットのままだが、空からは太陽が顔を覗かせている。
どうなる?!

スタートまで10分を切ったところで、メインストレートの路面をチェックしたエンジニアが、メカニックにスリックタイヤを装着するよう指示を出す。
ドライ用のタイヤだ。
太陽が出てくると路面が乾き始めるのは思いのほか早い。
スタート時刻が迫り、グリッドへと向かう途中で路面状況を確認してみる。
コースは数箇所を覗いて、ほぼドライ路面になりつつあるのだが、メインストレートは僕がスタートするアウト側がまだ濡れていることがわかった。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

フォーメーションラップを終え、いよいよスタートだ!
僕が濡れた外側からのスタートで若干蹴りだしが悪く少し加速が鈍った隙に、好スタートを切ったリチャードが先行する。
1コーナーでポールポジションからスタートしたアルガレーブのマシンをオーバーテークするも、順位は2番手だ。

この決勝ではそれぞれのチームが全く違った作戦を立てていた。
ポールポジションのアルガレーブのマシンは、予選を担当したドライバーではない別のドライバーがスタートを担当していた。
予選3位のユーラシアのマシンは、この決勝レースで唯一使用する事が出来るニュータイヤをこのスタートで装着し、前半でプッシュする作戦を立てているようだ。
このニュータイヤの作戦が功を奏したのか、レース前半の少し濡れた路面でのリチャードのペースは圧倒的だった。

一方予選で使用したタイヤでスタートした僕のマシンは、原因不明のオーバーステアに苦しめられるが、何とかこの状況と格闘しながらもペースを作るべく集中力を高める。

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

周回を重ね路面が完全にドライになってからも、強烈なオーバーステアはそのままで、自身で予想していたレースラップタイムからは1秒以上遅いラップタイムで走るのが精一杯だ。
セットアップに関しては考えうるベストな状況を作れているはずなのだが・・・。

マシンの動きは僕が狙っているところとは全く真逆の動きになってしまっている。
苦しみながらもまずは45分間の1スティント目をミスなく走り終え、1回目のピットストップだ。
給油を行いタイヤはそのままで再びコースに戻る。

2スティント目に入ってもやはりマシンの挙動に変化はない。
とにかくここからはチームメートが少しでも楽な状況で走行が出来るよう、出来る限り後続との差を広げるべく攻め続けるしかない。
どうやら先を行くユーラシアモータースポーツは1回目のピットストップでドライバー交代を行ったようだ。

3番手のアルガレーブのマシンもドライバーチェンジを行っているがまだ予選を走ったドライバーではない。
ここで僕がどれだけ後続との差を広げられるかが勝敗を左右するのだ。

今回我がレースパフォーマンス以外は、3人のドライバーでこのレースを戦っている。
暑さでタイヤの消耗が激しいため、タイヤを変えていない2スティント目以降のマシンは更にコントロールが難しくなる。

この状況は僕にとって大きなチャンスでもある。
勝負どころは心得ている。

ここマレーシアは気温が34度と日本の真夏並みの暑さだ。
コクピットの中は軽く50度を超えているだろう。
僕にとって暑さは苦手ではないので、2スティント目に入っても体力的には全く問題がない。
体力がなければ集中力がなくなりミスが増える。
普段からずっと続けているトレーニングは、こんなギリギリの状況になって効いてくるのだ。

最後までオーバーステアに苦しみながらもミスなく2スティントを走り終え、無事1位を維持したままチームメートにバトンを渡すことが出来た。
このとき2番手のユーラシアモータースポーツのマシンとは1分30秒以上の差がついている。
アルガレーブのマシンはそこから更に20秒以上の差だ。

ここでライバルチームは、予選を戦ったエースドライバーにドライバーを交代する。
彼らはここから我々のマシンを追い上げるべく全力でプッシュしてくるだろう。
ここでアルガレーブはそれまで温存していた新品タイヤで、そして再びユーラシアのステアリングを握るリチャードは既にスタートで新品を使用しているため中古タイヤでのピットアウトだ。

ここからはもうチームメートのニコラスを信じて待つしかない。
ニコラスは温存していた新品タイヤを履いてのラスト2スティントだ。
大きなリードにも助けられてはいるが、実に落ち着いた走りでペースは安定している。

対するライバルチームの2台はいずれもエースドライバーがステアリングを握り、強烈なスピードで追い上げできてはいるが、チームメートのニコラスも素晴らしい走りで応戦する。
中古タイヤで再びステアリングを握るリチャードは思ったほどペースが上げられないようだが、ここで新品タイヤを投入して追い上げを図るアルガレーブのマシンは、徐々にその差を縮めつつある。
まずは中古タイヤでハンドリングに苦しむリチャードのマシンを、アルガレーブのエースドライバーであるジェイミーがオーバーテークし、2番手に浮上する。

彼は2スティント目に入っても必死の追い上げを続けるが、それまでに築かれていた我々との圧倒的な差を逆転するまでには至らない。
やはり2スティント目に入った彼のタイヤもかなり厳しい状況にあるようだ。
リチャードの2スティント目のラップタイムは、同じタイヤの状況であった僕の2スティント目のラップタイムとほぼ同等なものだったのだが、ジェイミーのラップタイムはほんの少しそれを上回っている。
やはり最新型のマシン性能の高さは明らかなようだ。
チームメートのニコラスの2スティント目のラップタイムは、我々予選を担当したドライバー達の同条件のものより約1秒ほど遅れてはいるのだが、それでもゴールまでトップをキープするには十分なスピードをキープしてくれている。
あとは大きなミスとトラブルさえなければ大丈夫だ!

祈るような眼差しでチームの全員がタイミングモニターを見つめている。

そしてチェッカーフラッグ。
勝った!!!
最終的には2番手のアルガレーブレーシングに、45秒ほどのところまで迫られるが最後まで見事にトップをキープして見せてくれたチームメートのニコラスがガッツポーズでチェッカーフラッグを受ける。

今回もチーム、そしてチームメートが素晴らしい仕事をしてくれた。
チーム全員の力で勝ち取った勝利だ!!

アジアンルマンシリーズ第2戦セパンを終えて

こうして富士での優勝に続き、2連勝で幕を閉じたマレーシアでのアジアンルマンシリーズ第2戦。
11年ぶりとなる灼熱のセパンサーキットを、最高の集中力で走り抜けることが出来た。

自らの走りに関してはまだまだやれることがあると感じている。
同時に、たったこれだけの期間で、ここまで感覚を取り戻せていることに、正直自分でも驚いているのも事実だ。
久しぶりのマシンに乗り込み走行を開始する直前までは、いつも自信と不安が半々だったりもするのだが、そんな不安を最高の集中力に変えられる術を、学ぶことが出来ているここ数年でもある。

これまで30年以上の長きに渡り続けてきたモータースポーツの世界において、この年齢になって、尚新しい発見とドライバーとしての成長を感じられていることが素直に嬉しい。

次はいつレーシングカーのステアリングを握れる機会に巡り合えるだろうか・・・。

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