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ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

F1時代に1年を過ごしたイタリア、そして19年振りとなるイモラサーキットでのドライブは、僕にとってとても意味深いものとなりました。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

あのアイルトン・セナが’94年にこのイモラサーキットでのレース中のアクシデントによりこの世を旅立ってから22年が経ちました。

僕自身のいつかセナと同じサーキットで戦うという子供のころからの夢は叶えることが出来ませんでしたが、’97年にF1ドライバーとしてこのサーキットでレースを戦うことが出来たのは大切な思い出です。

そしてそれから19年の歳月を経て、再びこの地を訪れることが出来たのも不思議なご縁です。

僕がF1参戦2年目のチームミナルディ在籍中に1年を過ごしたのが、このサーキットからほんの30分程離れたところにある田舎町、ファエンツァ。
当時はミナルディのファクトリーがここにありました。
現在はレッドブルの兄弟チームであるトロ・ロッソにその形を変えて、ここファエンツァにファクトリーがあります。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

トロ・ロッソといえば丁度このヨーロピアンルマンシリーズが開催されているタイミングと同日に行われていたF1スペインGPで史上最年少優勝を果たしたマックス・フェルスタッペンが先日まで在籍していたチーム。
僕はF1時代、彼のお父さんであるヨス・フェルスタッペンとレースを戦っていたことがあります。
年を取るわけです。(苦笑)

この静かな田舎町ファエンツァからチームの専用機でGPが開催されるサーキットへと向かい、GPを終えて再びしんと静まり返った田舎町に戻る。

1年目のフランス在住時代もそうでしたが、この究極の「静」と「動」の生活は、僕にそれまでと全く違った時間の概念を教えてくれたように思います。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

当時イタリアで僕が暮らしていたのは、この町の中にある小さな家族経営のホテル。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

今回はレース後に立ち寄ることが出来、当時お世話になっていたオーナーにも会うことが出来ました。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

毎日の食事もこのホテルにあるレストランだったのですが、ここの食事がまた美味しかった。
余談ですが、僕がイタリア料理を好きになったのは、間違いなくこのホテルで暮らしていたお蔭だと思います…。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

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そんな思い出深いイモラサーキットでのレースウィーク。

金曜日に開始されたプラクティスセッションでは、大きなトラブルもなくセッションを終えることが出来た。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

久しぶりのサーキットも、数周しただけで感覚がよみがえってくる。
人間が本来持っている潜在能力の凄さを感じとる事が出来る瞬間だ。

チームの仕事はいつも通り素晴らしく、大きなトラブルもなく3人のドライバーがそれぞれの周回を重ねることが出来たが、肝心のマシンのセットアップの方に少々不具合があるようだ。

現在我々のチームが使用しているマシンは他のチームに比べると旧型のマシンということもあり、どうしてもスピードの部分では太刀打ち出来ない。

我々ともう1チームを除いては、他の全てのチームが最新のマシンを使用しているのが現状なのだが、とにかく我々は与えられた条件の中でベストを尽くすしかない。

開幕前のテスト、そして先月イギリスのシルバーストーンでのヨーロピアンルマン第1戦を戦ってきたチームとチームメート達の話を聞きながら、自らの経験と重ね合わせマシンのセットアップをイメージしてみるのだが、どうしても僕のセットアップの考えとはズレが生じている。

セッション後に土曜のプラクティス、及び予選に向けたミーティングを行うのだが、セットアップ変更に関する話に少々時間がかかってしまっている。
僕と開幕前からマシンを走らせているチーム側との意見が微妙に合っていないのだ…。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

今回のレースからテストも何もなくいきなり走り始めた僕の意見ということを考えれば、状況が状況なだけに僕の意見を直ぐに受け入れるのが難しいのは仕方がないと言えば仕方がないのだが…。やはり違うものは違うのだ。
僕はその長いレース経験からマシンのセットアップには絶対の自信を持っている。

かなりの時間を要したのだが、このディスカッションの中でチームメートの一人が完全に僕と同じ意見になりつつあり、ようやくセットアップ変更の方向性に答えが見えてきた。

いきなり全てを変更することは難しいのだが、これで進むべき方向を修正することは出来ただろう。
こうして少しずつチームを正しい方向に導いていくのもドライバーの仕事でもあるということは実はあまり知られていないかもしれない。これにはやはり経験が重要になってくる。
プライドの高いヨーロッパの人間たちを相手に物事を動かしていくのは、想像以上に骨の折れる仕事だ。(笑)これが世界で戦うことの本当の難しさだと僕は思っている。

もちろん僕の意見が間違っていれば、そこで一気に信用を失ってしまう。
マシンを良くする可能性を広げることは出来るのだが、言い出しっぺの僕にはそれなりのリスクと責任があるということだ。ここが難しい。
自分の意見をオブラートに包みつつ、時間をかけて上手くやる人たちもいるのだが…。
中には保身の為に当たり障りのない意見しか言わない人もいる。
どの世界でも同じようなことが起こっているかもしれませんね。(笑)

でも僕にそんなことを言っている時間はない。ただ自分を信じて戦うのみだ。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

土曜の公式走行は予想外の内容だった。

1時間半のセッションを3人のドライバーでシェアする為、おおまかに30分前後でドライバー交代を行う。
僕は2番目にドライブを行ったが、このタイミングで赤旗、フルコースイエローが続出してしまい、全くマシンを走らせることが出来ない。
イエローが解除されると、また誰かがコースオフを喫し再びフルコースイエロー…。
こうして何もできずに30分が経過する。
そして結局1周も全開で走行することなく、僕にとっての公式走行が終了することに。
マシンに施した変更の確認をすることすら出来ずにセッションを終えることになったのだ。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

僕のようなスポット参戦の仕方をしている場合は1分1秒たりとも無駄にしたくない。
貴重な走行時間をこのような形で奪われるのは本当に辛い。
あまりの出来事に、チームメイトからは「Mr.フルコースイエロー”シンジ”」という全くありがたくない称号まで与えられてしまった。(苦笑)

幸いにもチームメートの2人は順調に走行を重ねることが出来、マシンのフィーリングを掴むことが出来たようだ。
今年から新しくチームに加わったイギリス人のジェームスのマシンに対するフィーリングは悪くないようだ。それを聞いて僕もひとまず安心した。
ただ、まだ改善するべき部分は他にも幾つかある。
予選後のミーティングも忙しくなりそうだ。何せ1周も出来ていない僕が中心となってセットアップを進めるのだから…。

結局予選はこの公式走行を新品タイヤで走行することが出来たジェームズが担当することに。
しかしその予選ではやはり最新マシンとの圧倒的な性能差が露呈してしまう。

我々のマシンのセットアップもまだ詰め切れていないのは事実だ。
最高のマシンパフォーマンスを引き出して、やっと新型のマシン達のお尻が見えてくるのが現状と言っても過言ではないだろう。
僕はあくまで来月のルマン24時間耐久レースをイメージしてマシンのセットアップを作りたい。
当然なのだが旧型マシンなりのスピードでは絶対に終わりたくないと思っている。
この感覚をチームの皆に共有してもらうことが、今回僕がこの1戦のためにはるばるイタリアまで来た大きな理由でもあるのだ。

予選後のミーティングは予想通りかなりエキサイティングなものになった。
それぞれのドライバー、エンジニアの思惑が重なり合う中、なかなか一つの方向にベクトルを向けることが出来ない。これはどんな世界でも同じだろう。
ただ、どんな難しい問題でも一つだけ解決するための方法がある。

絶対に諦めないことだ。

そして迎えた決勝日。朝から気持ちよく太陽が顔を出し、暑いくらいの陽気だ。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

この時期のヨーロッパは非常に天気が変わりやすいのだが、週末に入ってからは走行時間帯に限りずっとドライ路面が続いている。
このままこの天気が続いてくれるだろうと誰もが予想していたのだが…。

レーススタートは予選を担当したチームメートのジェームスが担当。
スタートは難なくこなすが、レースペースはなかなか上げることが出来ないようだ。
トップグループとのタイム差は2秒近くあり、やはりマシンの状況は厳しいように見える。

我々の使用するORECA03は最新型のマシンに比べると、5年落ちぐらいのマシンになるだろうか。
最新のマシン達はダウンフォース量が圧倒的に大きく、且つドラッグも少ないのでコーナリングだけではなくストレートスピードも速い。

これら最新型のマシン達を相手に互角に戦うのは簡単ではないのだが、セットアップとドライバーの総合力で少しでも上位を狙いたい。

途中で他チームが小さなミスを繰り返す中、ジェームスが第1スティントを終えるころには7位あたりまで順位を上げていた。

第2スティントもそのままジェームスがステアリングを握り、7−8番手をキープして順調に周回を重ねている。
昨日のミーティングで変更を施したマシンのセットアップにも慣れてきたのか、ペースも徐々に上がってきた。
トップグループとのタイム差も1秒以内で周回を重ねることが出来ている。セットアップの方向性は悪くなさそうだ!

第2スティントを終えて、ジェームスからもう一人のチームメートであるニコラスにドライバーチェンジ。
僕は最後の1スティントを担当する予定だ。

ちょうどこの頃からだろうか。太陽が分厚い雲に包まれ、にわかに気温が下がり始める。

ジェントルマンドライバーでもあるニコラスだが、安定したラップタイムを刻み周回を重ねている。
ペースはジェームスと比べると1.0-1.5秒程遅れているが、それでもプロではない彼のペースとしては悪くない。
約50分の1スティントを終えて、給油の為にピットに戻る。タイヤ交換はなく、給油だけでピットアウト。

そうこうしているうちに、空模様は更に怪しい状況になり始めている、厚い雲に覆われた空からは今にも雨粒が落ちてきそうだ。

そしてニコラスの第2スティントが半分を過ぎようとするタイミングで遂に雨粒が落ち始めた。
通常はまだ30分程ニコラスのドライブが残っているのだが、雨が降り始めドライブが難しい状況になることから、急遽僕にドライバー交代をすることに。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

ついに雨が本格的に降り始めた。
このタイミングで来るか…。

いきなりの雨は誰にとってもあまり嬉しい状況ではない。ましてや今回雨でのセットアップは一度も試していない。
僕にとっても雨の中のドライブは久しぶりなので、マシンに乗り込む前の心拍数は相当上がっていただろう。

やるしかない。

雨脚は急激に強まり、まるで嵐のようになってきた。

サーキットのあちこちに川や深い水たまりが出来てしまい、危険な状況のためフルコースイエローが提示される。
このフルコースイエローの間は80キロ制限となり、それ以上のスピードを出すことは出来ない。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

この週末は僕がマシンに乗るたびにフルコースイエローを繰り返していて、殆ど周回が出来ずにいる。よりによって決勝でもこのタイミングでフルコースイエロー、そして雨…。
まさに「Mr.フルコースイエロー”シンジ”」だ…。ある意味、引きが強いのか?(苦笑)

ルマン24を前にして、今のうちに難しい状況は全て僕が引き受けるのも悪くはない。

とはいえ、セットアップの確認等ルマンに向けてやりたいことが山積みなだけに、この雨とフルコースイエローは僕にとってはかなりのフラストレーションだ。

結局コース状況は最後まで回復せず、途中からセーフティカー先導に切り替わり、そのままチェッカーを迎えることに。
ニコラスが雨に足をすくわれドライバーチェンジの前にスピンを喫して順位を落としたために9位でフィニッシュ。

チームにも、そして僕自身にとってもなかなか思い通りにはなってくれない厳しい週末だったが、それでも来月のルマン24に向けては収穫も多々あった。

引き続き集中してルマン24での戦いへと向かいたい。

すべてを終えてサーキットを後にした時、空には信じられないほど大きな虹がかかっていた。

ヨーロピアンルマンシリーズ 第2戦イモラを終えて

中野信治

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