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スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて(1)

24時間耐久レースが日本で開催されるとのニュースを初めて耳にしたのは、いつ頃だっただろうか。
昨年の夏ごろだったような気もするし、もっと前だったような気もしている。
初めてこのニュースを耳にした時は、正直“???”という気持ちになったことを覚えている。
日本で、しかも富士スピードウェイにて、24時間耐久レースを開催するというのだ。

もちろん不可能ではないと思うのだが、やはりこのビッグイベントを実現させるには乗り越えなければならない幾つもの壁が出てくるだろうと思われた。
実現に向けて主催者側には相当なハードワークが必要となってくるのは間違いない。仮にイベントが実現したとして参加台数はどうなるのか?

24時間耐久レースといえば、普段行われているスーパー耐久の走行距離で考えると5〜6レース分に相当する。チームにのしかかってくる費用的な負担に関しても決して少なくはないだろう。
ただ耐久レースの王様であるフランスの「ルマン24時間耐久レース」と同様に、このレースがシリーズ戦の中の1レースとして開催されることもあり、シリーズポイントを争うチームがこのレースをキャンセルすることは出来ない。
なぜならこの24時間耐久レースでチームが獲得出来るシリーズポイントは、通常のレースの2倍となっているからだ。
ちょっとスーパーの特売日みたいにも思えてしまうのだが、チャンピオンを目指すチームにとっては笑えない現実となってくる。
ここでポイントを落とすことは、シリーズポイント争いでも大きく後退してしまうことを意味している。

我々モデューロホンダレーシングは、開幕からの2連勝により選手権をリードすることが出来ているのだが、ここでポイントを落とすことになると一気にライバル達からの逆転を許してしまう可能性もある。
そう、我々にとっても絶対に落とすことが許されない戦いなのだ……。

年が変わってもこのイベントの構想は変わることなく、実現に向けて前向きに進んでいるようだった。すでにスーパー耐久シリーズ内の1戦として組み込まれており、スケジュールも発表された。
そして4月には開催に向けての事前テスト走行も富士スピードウェイにて行われ、ようやくこの頃からこのイベントの実現に現実味が湧いてきたのが正直なところであった。

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

我々モデューロホンダプロジェクトは、この夜間走行も含めた1回目の事前合同テストにはチームの事情により参加が叶わなかったのだが、ナイトセッションでマシンを走らせた別のチームのドライバー達からは、視界の悪さを危惧する声が少なからず聞かれていた。
同時にこのナイトセッション中にクラッシュしたマシンも数台あったとのことで、安全面を考慮した上でやはりここでの開催は難しいのでは?という話もチーム間では出ていたようだった。

このイベントを無事に開催させるには、このナイトセッションを含めた幾つかの課題に運営側とチーム、ドライバー各位が取り組んでいかなければならない。
そして我々が初めてナイトセッションでマシンを走らせることが出来たのは、2回目となる合同テストの時だった。
ただこの日のナイトセッションは、雨と生憎のコンディションの中で行われることとなる。
私自身はフランスルマン24時間耐久レースを9回経験しており、すでにナイトセッションに関しては十分過ぎるほどの経験がある。
しかし日本のサーキットでのナイトセッションに関しては今回が初めての経験であり、どれくらい視界が見えて、また見えない部分があるのかの想像がつかない。しかもこの日は夜の走行において最も厳しい雨となっており、最悪の条件が揃っている。
ただ逆に言えば、この難しい雨のナイトセッションで視認性に大きな問題がなければ、ドライ状況での走行に関しても問題がないであろうことが証明されるのだ。

私はこのナイトセッションでのしんがりを務めることになり、夜の帳が降りた富士スピードウェイへとマシンを滑り込ませた。

走り始めてみるとサーキットが意外に明るいことに驚いた。
漆黒の闇をイメージしていただけに、いい意味で予想を裏切られた気分だ。
恐らくは1回目の合同テストの後に、主催者側がこのナイトセッションに向けてコース内のライトの位置や明るさなど幾つかの変更を施してきてくれたのだろう。関係者の方々のご苦労や努力がしのばれる。

こうして過酷な雨模様の中でのナイトセッションが無事に終了。
我々はミニマムである義務周回をするに留まったのだが、それでも十分に走行が可能なのは確認することが出来た。

これでまずは一安心だ……。

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

このテストではドライ路面での昼のセッションも行われており、ここですでにマシンバランスを確認することは出来ている。マシンバランスは想像していた以上に良かったといって良いだろう。
今回我々のマシンには、開幕からの2連勝により50kgのウェイトハンディが積載されている。

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

この50kgのウェイトは1周のラップライムだけではなく、圧倒的な長時間を戦う24時間耐久レースにおいては、大きな足かせになってくることが予想される。
恐らくは1周のラップタイムで換算すると1秒近いロスが見込まれるほか、24時間を戦うにあたってはブレーキやタイヤ等々への負担が大きくなるため、長時間の走行ではこのプラスされたウェイトがボディブローのように効いてくると思われる。
まずは順調に合同テストを終えることが出来たのだが、24時間を戦うにあたっての課題はここから山のように出てくるだろう。

24時間で何事もなくレースを終えることなど、まずあり得ない。
私自身都合9回ルマン24を戦ってきた経験から、その辺りは知り尽くしている。
このレースでは作戦が作戦でなくなるこも多々あるため、次々と起きてくるであろうハプニングに、いかにして臨機応変にチーム、そしてドライバーが対応出来るかが重要になってくる。あくまで予定は未定なのだ。
さて、どんなドラマが我々に待ち受けているのか楽しみだ!

レースウィークは木曜の公式走行からスタートする。
先日の合同テストの結果から、この24時間に向けてチームとして出来る準備はかなり進めてこられているはずだ。
経験豊かな童夢のスタッフ達とこの24時間を戦えることは心強い。

24時間をどう戦うかに関しては、ドライバーサイドでやれることと、チーム側が望むこととのバランスをうまく取らなければならない。
ドライバーサイドに関しては基本私が中心となり、24時間を考えたマシンの走らせ方やドライバーの走行時間等々をアドバイスさせて頂いている。
チームの監督である中村氏と共に、こうした準備を進めていくのもなかなか面白い。
この中村氏とは童夢のF1を開発していた1996年からのご縁である。
時々食事をしながら当時の思い出話に花が咲く時があるのだが、あの頃のモータースポーツはある意味一番華やかだったような気がしている。
当時の童夢の挑戦には今の日本、そして日本人が忘れかけていたスピリットがあったように思えてならない。

ここ最近では、我らがホンダが2019年からの2年間をレッドブルF1と共に戦うことを発表した。
このホンダの世界への挑戦を無駄にしないためにも、高い意識とインテリジェンスを持った次世代の日本人ドライバーを育てることが急務となっている。
私がF1を戦っていた1997、1998年から考えると、もうすでに20年以上の時が流れている。

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

この20年の間に日本のドライバーがどのように変化してきたのか。

環境の変化も手伝い、ある程度の速さを持ったドライバーが増えてきたのは事実だ。しかし世界基準で考えた時に、そのドライバー達の立ち位置がどこにあるのかを正しく判断していかなければならない。
日本のモータースポーツにおけるドライバー育成を本気で見直さなければならない時期が来ているのではないかと思う今日この頃である。

話を戻そう。
木曜日に行われたテスト走行ではレースに向けたマシンセット、そして24時間用のマシンの走らせ方をそれぞれのドライバーが習熟することに時間を使うことにした。
一度だけ私のドライブで予選シミュレーションを行ったのだが、マシンバランスは良く、50kgのウェイトハンディを積載しているとは思えない好タイムを叩き出すことが出来た。
このタイムが予選も含めてこの週末最速タイムとなったのは、ちょっと嬉しい驚きだった。

今回我々97号車は5人のドライバーを登録している。
24時間耐久レースということもありドライバーの疲労や不測の事態も考え、1人ドライバーを増やすことにしたのだ。
そのEドライバーは、昨年98号車をドライブしていた石川京侍選手が担当することになった。
彼自身シビックを一年経験していること、そして今年もGT300で選手権を戦っている彼であれば、少ない走行時間の中でも対応が可能だろうとの判断によるチョイスとなった。

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

木曜の走行では全ドライバーが無事に走行を重ねることが出来た。
ナイトセッションも今回はドライ路面での走行を実施することが出来たのは大きい。
幾つかの課題も見つかってはいるのだが、これはほぼ想定内のことだ。
ここからは予選よりも24時間の決勝をどのように戦うかに集中しなければならない。24時間ものロングディスタンスでどのようにマシンを持たせるか?!

そう、この日本の富士24時間が「FK8型シビックTCR」にとって初の24時間耐久レースなのだ。
これが何を意味するか?
やはりマシンの信頼性の部分に関しての不確定要素が非常に大きいのは事実。
どこまでマシンが持ってくれるのか?持たせるにはどのように走らせなければならないのか?全てにおいて未知数ということなのだ。

冒頭でも述べた通り、今回この24時間耐久レースにおいての選手権ポイントは2倍で加算されることになっている。
ルール上、24時間耐久レースは最後にマシンがゴールラインを通過し、チェッカーを受けなければ完走扱いとはならない。
仮に他のチームのマシンがリタイヤして自分たちが数字上の2位になろうと3位になろうと、24時間先にあるチェッカーを受けゴールしなければ、ポイントを獲得することが出来ない。是が非でもマシンを最後まで持たせなければならないのだ。24時間を上位で“完走”することこそが、僕たちのミッションであり、このレースの醍醐味なのである。

この完走の難しさついては、私はルマン24で嫌という程痛感させられており、中には苦い思い出もある。今回のレースに際し、ここに関してはチーム、ドライバー全員で徹底的にミーティングを重ね、やるべきことに明確にフォーカスし、それを全員で完遂することを共通の意識とした。
幸いにも我々97号車には経験豊かな能力の高いドライバーが揃っている。
私の考える24時間の戦い方を全員が早々に理解してくれたようで、テスト走行の段階から上手くそのルールに沿ったドライビングに集中してくれているのはありがたい。
チームで戦う競技においては、この部分が結果を手に入れるための最も重要な要素となってくるのはいうまでもない。
後はレースが始まった後も、この決め事を実践し続けることが出来るかどうかだろう。

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

この週末は土曜日が決勝のスタートなので、予選はいつもと違い金曜日に行われた。

金曜日の天候は引き続き晴れ模様で、気温は昨日の公式走行時よりも上昇しているようだ。それに伴い路面温度がぐんぐん上昇しているのが少し気にかかる。
スケジュールの関係でこの金曜に行われる予選は一発勝負となり、予選前の公式走行はない。

まずはAドライバーの植松忠雄選手からのアタックだ!
昨日までの走行の感触では、マシンが軽い状態でのバランスは悪くないはずだ。
一つ気がかりなのはこの気温の上昇によるハンドリングの変化なのだが、こればかりはマシンを走らせてみないと分からない。
今シーズンは新しくなったタイヤの影響なのか、それともマシンの特性なのか温度変化に対するハンドリング変化が少し大きいように感じている。
これは開幕戦の時から同じ傾向が続いていて、未だ解決策を見いだせずにいるのが現状なのだ。まずは植松選手のアタックを見守ることにしよう。

丁寧にタイヤに熱を入れてアタックへと向かう植松選手なのだが、セクタータイムを見ていても前日の公式走行時より遅くなってしまっており、タイムは予想より伸びない。
連続してアタックを行うのだが、やはりタイムを伸ばすことが出来ずピットへとマシンを戻すことに。

マシンを降りた植松選手のコメントではアンダーステアが強いとのこと。これは開幕からずっと予選で抱えている症状と同じだ……。
一体何が起きているのだろうか?

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

今回は24時間耐久レースという長時間の戦いということもあり、正直なところ予選はあまり重要ではない。
ただ昨日までのマシンの感触であれば、50kgのウェイトハンディを背負いながらも奇跡のポールポジション獲得も夢ではない状況だったのだ。
2番手のアタッカーである私はリスクを避け、少しだけマシンセットに変更を施すだけでアタックへと向かうことに。
そして前後マシンとの間合いを見ながらアタックに入る。

ところが間の悪いことにちょうど嫌な位置にクラス違いのマシンがいて、上手くタイムアタックへのクリアなタイミングが取れない……。
タイヤが冷えないぎりぎりまでスローダウンして前車との間隔を開けるのだが、なぜかアタックの後半部分でこのマシンに追いつきそうになるのだ。
これをアタックの間ずっと繰り返すことになり、100%のアタックを決めきれなかったのはちょっと悔しい。

マシンのバランスは植松選手のコメント通りのものだった。アンダーステアが強く、全体的なグリップ感も落ちている。恐らくは気温の上昇により路面温度が変化していることでマシンのバランスが変わってしまっているのだろう。
原因は見つかったのだが、まだ対応策が完全には見えていない。
これは今後夏場の戦いが続くことを考えると、我々にとっては大きな課題となってくるだろう。

予選の結果はAドライバーBドライバーのラップタイムの合算により決定する。
その結果なのだが、どうやらこの気温の上昇で苦しんでいたのは我々だけではなかったようで、最終的にトップと僅差の2位で予選を終えることが出来たのは嬉しい驚きだった。
マシンに積まれたウェイトハンディを考慮すれば十二分の結果とも言えよう。

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

同じチームの98号車をドライブする加藤選手がこの予選でトップタイムを叩き出している。ウェイトが乗っていないマシンとはいえ、非常にコンペティティブなタイムだった。
この予選結果は、我々シビック勢の総合的なポテンシャルが極めて高いことを意味しており、マシンの進化が正しい方向へと向かっていることを証明することが出来たのは非常に良かったと思っている。
しかし本当の戦いは明日からだ。

そしていよいよ24時間のスタートとなる土曜日がやってきた。
天候は晴れ。サーキットへ訪れて下さるレースファンの方達のことを考えるとまずは天候が良いことに感謝の気持ちで一杯だ。
なぜならこの24時間耐久レースはサーキットへと足を運んで下さる方達にとっても耐久レースなのだ。
我々チーム関係者にとっては長い24時間であるのは当たり前のことなのだが、観戦にいらっしゃる方達にとっては更に長い長い24時間になると思われる。
気候が良ければBBQやキャンプファイアーなど色々な楽しみ方も出来るのだが、雨が降ってしまうとそれはそれは大変は時間を過ごすことになってしまうことになるだろう……。
そんなこともあり、朝からサーキットにいらっしゃるお客さんのことを考えてほっと胸を撫でおろしていたのだった。

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

スタートへの準備は整った。
チームとして出来る限りの準備はしてこられたと思っている。
ドライバー同士のコミュニケーション、信頼関係も、開幕からの2レースで強固なものが出来上がってきているはずだ。チーム全体の士気も高い。
あとはここから始まる24時間の旅を大いに楽しむだけだ!

今回のスタートドライバーは大津弘樹選手が務めることになっている。
レース前に監督とミーティングを行い、スタートとゴールの大役はこの若い大津選手に担当してもらうことにしていた。

今回のレースでは、ルール上プラチナムステータスである私と小林選手の走行時間は、最長で全体の40%にしなくてはならない。
つまりプラチナムドライバーは走行可能時間に上限があるため、植松選手と大津選手にかかる負担が多いのだ。
24時間耐久レースということもあり、我々はジェントルマンドライバーである植松選手を出来る限りリスクの少ない時間帯で走ってもらうことを考えて作戦を立てている。これはすなわちナイトセッションを植松選手を除く3人のドライバーで乗り切ることを意味している。

私と小林選手にはドライビング時間の制約があるため、必然的に大津選手のナイトセッションでのドライビング時間も長くなる。
レギュラードライバーに何らかのトラブルが起きれば石川選手の出番も考えているのだが、今回はレギュレーションによりEドライバーはナイトセッションをドライブすることが出来ない。
これらの理由からこの24時間で大津選手にかかる負担は一番大きい。
そんな大津選手には24時間耐久レースにおいては、ドライバーにとって花形であるスタートとゴールの大役をプレゼントすることにしていたのだ。

スーパー耐久シリーズ第3戦 24時間耐久レース富士を終えて

スタート前のセレモニーはいつにも増して華やかだ。
グリッドから観客席を見上げると、こちらもいつものサーキットより賑やかに見える。
24時間ということもあり、サーキットにいらしているお客さんの数もいつもより多いのだろう。このお祭りのような独特な雰囲気は少し本場のルマン24時間耐久にも似ているかもしれない。
これまで9回のルマン24時間耐久を経験してきた私にとっては、この富士での24時間耐久レースの参戦によって今回が10回目の24時間耐久レースとなる。

今年は昨年来ずっと契約交渉を続けてきたルマン24時間耐久への参戦を実現することが出来なかった。
昨今ではルマン24時間耐久の人気が異常なまでに高くなっており、我々のような完全プライベートで挑戦を続けてきているドライバーにとっては大きな壁が出来てしまっている。ただ、これまでも壁は幾つも越えてきた。
順風満帆かのように見える私のレース人生も、実際その中身は大きな大きな壁だらけだったのだ。
こうして30年を越えるレース人生の中では幾つもの厳しい時間も経験させて頂いてきたのだが、今ではこうした壁を乗り越えることに喜びさえ感じられるようになっているから面白い。
やはり継続は力なり、なのである。
私の10回目となるルマン24時間への挑戦も、決して頭の中から消えた訳ではない。

(2)へ続く

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