Raca

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

「信治、こんな話があるんだけど興味あるかな?」
お声がけを頂いたのは、スーパー耐久シリーズ開幕戦のちょうど半月前くらいだっただろうか。
今年からこのスーパー耐久にTCR車両によるクラス『ST-R』クラスが新設されることになり、HONDAが「CIVIC TCR」のマシンでフル参戦するというプロジェクトを初めてお聞きした時には、正直ピンとこなかった。これは、これまでの僕のレース人生においては残念ながら全くと言っても良いほどにご縁がなかったレースカテゴリーだったからなのだろう。
それだけにこのレースに対する事前情報や知識も、僕の中ではゼロに等しかった。今回ドライブすることになるかもしれないマシンは僕の苦手とする箱車であり、しかも全くもってこれまで経験のなかったFFマシンだ。(苦笑)

あまりに僕のドライビングが下手でチームにご迷惑をおかけするのでは、という危惧もあったため、最初は正直なところこのお話をお受けするべきかどうかを相当悩んだ。
ただ同時に、今回のお話に関しては僕がアメリカ時代にお世話になっていたホンダさんと、F1参戦で日本を離れる前の2年間を共に戦っていた童夢が関わっているプロジェクトでもあった。
ホンダと童夢。
どちらも僕のレース人生において大きな意味を持っているのも事実だ。よくよく考えてみたらこれほど面白い巡り合わせはないかも??
そもそも1995年の童夢との出会いも本当に不思議な巡り合わせだった。そんな風に考え始めた途端に、このお話をお受けしない理由が僕の中からあっという間に消え去っていった。
僕は元来こうした不思議な巡り合わせのようなものをとても大切するタイプの人間である。そしてこうした巡り合わせこそが、これまで僕に信じられないような貴重な経験をさせてくれていた。
セレンディピティだ…。やってみるか!

ここから開幕戦までは本当にあっという間だった。
今回の参戦にあたっての契約など色々な細かいやり取りが終了したのはレースウィークに入ってから。こんな形でのぎりぎりのぶっつけ本番でのレース参戦が、もう十年以上ずっと続いている。
ただ今回少しだけ違うのは、仕事の相手が日本のチームであり、戦う舞台も日本のシリーズだということだった。
今回はスポットではあるのだが、鈴鹿を除く全てのレースに参戦をさせて頂く予定だ。
僕が日本のレースシリーズに年間を通して参戦させて頂くのは、2004年のGT以来になるので13年ぶりになる。この年齢になって、また日本のレースシリーズに参戦する機会を頂けるとは正直夢にも思っていなかった。(笑)

改めて考えてみると、本当に今まで色々なカテゴリーでレースを経験させて頂いている。
遡ればF3、F3000、F1、Champ Car Series、INDY 500、Super GT、Le Mans24、WEC、ELMS、ALMS、JLMS、マセラティ トロフェオ、そして今回のスーパー耐久への参戦。残るはパリダカくらいだろうか…。

こうして常に新しいチャレンジと出会えることが、今の僕にとっては大きなモチベーションでありインスピレーションの源になっていると言っても過言ではない。もちろん走ること以外にも、日々色々なことを学んでいる。本人の意識次第で学びはどこにでも転がっているものだ。大切なのは変化を恐れず前に進み続けることだと、僕は信じている。

さて、本題に戻ろう。
初めてのFF車での走行は如何に?!
ぎりぎりのタイミングでイタリアから日本に到着した「ホンダシビックTCR」のシェイクダウンは、レースウィークの火曜日に予定されていた。シビックというと日本で作られているようなイメージだが、この「ホンダシビックTCR」は、イタリアで作られているのだ。
今回僕はレースウィークの月曜日に開幕戦の舞台となるツインリング茂木入りだ。茂木でのレースは10年ぶりになるだろうか。ちょっと懐かしい感じがする。

アメリカのチャンプカー時代にはオーバルトラックで何度かマシンを走らせているのだが、ロードコースに関しては2004年のGTと2007年のJLMSにてマシンを走らせた2回だけなので、このサーキットでの走行経験は思いのほか少ない。
ここ10年ほどは毎年1年に数回しかレーシングカーをドライブしていない僕にとって、こうして毎回新しく出会う、カテゴリーも違えば性格の全く異なるタイプのマシンでの初走行はいつも緊張の瞬間だ。
シェイクダウンは今回共に戦う3人のドライバー全員がマシンの感触を掴むこと、初期トラブルの有無を確認するのが目的だ。走行時間もスポーツ走行枠だけなので限りなく少ない。そんな短時間のシェイクダウンではあったのだが、マシンに大きなトラブルが発生することもなく、無事に3人のドライバー全員がこの新しいマシンの感触を掴むことが出来た。

こうして大きなトラブルなくシェイクダウンを終えられたのは、マシンの到着から非常に短い時間の中で完璧にマシンを組み上げてきてくれた童夢のスタッフの皆さんのお蔭だろう。童夢とは96年のF3000以来21年ぶりの仕事となる。この久しぶりのタッグも今回僕にとっては大きな楽しみに一つになっている。

僕も僅か5周ほどであったが初のFFマシンの感触を確かめることが出来た。マシンの動きは想像していたよりマイルドで癖が少なく乗りやすい。まだまだ煮詰めていかなければならない部分はあるのだが、初走行としては上々のスタートだろう。

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

今回チームメートとして共に戦う3人のドライバーにも触れておこう。
まず一人目は伊藤真一さん。バイク好きなら知らない方はいないであろう日本を代表するライダー。彼は4輪の箱車での経験も豊富で、こうした種類の4輪レースをかなり経験されているとのことだ。何とも頼もしい!とても器用にマシンを操っていて、その走りからはセンスの良さを感じる。
もう一人の海老澤紳一さんは、ホンダのワンメイクレースなどでご活躍されている箱車のスペシャリスト。大きなマシンでの経験はあまりないとのことなのだが、やはり箱車を知り尽くしていてマシンを習熟するのも早い。2人ともとても頼りになるチームメートだ。箱車に関しては初心者である僕も二人に後れをとらないよう早くマシンに慣れなければ。

今回の我々97号車のコンセプトは「MODURO RACING PROJECT」 の基本である、新しくなったシビックをドライブする楽しさを多くの方達に伝えることであり、そのために選ばれたメンバーでもある。

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

金曜日には公式走行がスタートする。
今回の直接的なライバルとなるのはアウディだ。同じクラスで戦うマシンは、ホンダが2台にアウディが2台となる。この初日の公式走行で、それぞれのマシンの性格や立ち位置が見えてくるだろう。
そして我らがもう一台のシビック98号車にはその昔コンビを組んだこともある、箱車の超スペシャリスト加藤寛規選手、そしてGTやF3などで活躍中の若手石川京侍選手、そして大ベテランの黒澤琢也選手。
こちらの98号車はどちらかと言えばレースに勝つことをかなり意識したチーム編成になっている。

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

金曜日に行われた公式走行では、チームの全ドライバーが新しいマシンを理解するべく時間を使うことに。十分とは言えない走行時間だが、このような耐久レースの形式の場合にはそれぞれのドライバーがセッション中にミスなく走行を続けることが重要だ。

僕自身も徐々にマシンへの理解を深めるべくラップを重ねる。2回の公式走行で少しマシンの特性を掴むことは出来た。まだまだ攻めるには程遠いが、新しいマシンは新しい人との出会いと同じ、少しずつ理解を深めていかなければならない。この作業はモータースポーツの醍醐味の一つだったりもする。

公式走行初日は無事に終了。
97号車、98号車共に全ドライバーが無事にラップを刻むことが出来た。
走行後のミーティングでは、それぞれのドライバーが意見を出し合いマシンのセットアップの方向性を探っていく。これは時間のない中で作業を進めていく上で、非常に大切な時間になる。この作業は、企業でいうところのブレインストーミングといったところだろうか。

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

ドライバーそれぞれのマシンに対するフィードバックは微妙に違っていたりすることもあるが、それぞれのドライビングに対する好みやスタイルがあるわけだから当然だろう。人に味の好き嫌いがあるのと同じで、マシンの挙動にも好き嫌いがあるのだ。この好き嫌いのバランスを出来る限り3人のドライバーが納得出来るところまで落とし込んでいく。
これは僕が2005年にルマン24参戦を始めて以来、世界中のチームと共に十年以上もの間ずっと続けている作業だ。今ではそんな難しい作業も僕の得意分野になっている。
毎年違う国の違うチームと交渉を続け、レースを戦い続けてきた僕にとっては自国の母国語で出来るこの作業がどれだけ楽なことか!
やはり継続は力なり、である。

今回は土曜日に予選及び決勝レースが行われる。天候は前日からの雨がコースを濡らしているもののここからは雨粒が落ちてくる気配はない。このままの天候ならセッション後半にはほぼ完全なドライ路面での走行が可能になるだろう。

この日のセッションもスタートは伊藤選手が担当する。彼は路面状況が大きく変化する難しいコンディションの中でも、安定した走りを見せてくれた。続く海老澤選手もマシンをかなり理解出来始めているようだ。ペースも少しずつアップし始めている。

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

この予選に関しては、レギュレーション上、AドライバーとBドライバーが担当することになっている。つまり、伊藤さんと海老澤さんが予選を担当するのだ。
F1経験者である僕はプラチナムステータスとカテゴライズされており、Cドライバーとなるため、予選でのタイムが順位に反映されることはない。
そのためあくまで基準タイムをクリアすること、そして決勝用タイヤの準備をすることが予選での僕の役割となる。

僕がコースインする頃には1か所を除いて路面はほぼドライになっていた。決勝レース用のタイヤの皮むきも兼ねて、シビックTCRでの初めての新品タイヤを装着しての走行だ。
新品タイヤでの車のバランスは悪くない。少しアンダーステアが強い印象があるのだが、これはFFのマシン特性が大きく影響しているものと思われる。まだまだ慣れない箱車ではあるのだが、この走行で少しだけ走らせ方のツボが分かった気がする。

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

予選結果はクラス3番手とほぼ予想通りの順位だと言っていい。4輪のプロドライバーが3人乗り込む98号車に若干の遅れをとってしまうのは致し方ないだろう。我々の使命は確実にミスなくマシンをゴールまで運ぶことだ。ポールポジションを奪ったのはライバルでもあるアウディの45号車。98号車はクラス2番手となった。

予選後のミーティングではレースに向けてのセットアップの変更や作戦などを話し合い、あっという間に時間は過ぎていく。チームにとっても初めてのレースとなるので、展開の予想が難しい。ホンダチームのドライバーに関しては、恐らく僕以外はス-パー耐久のレース経験者だ。僕にとっては週末に経験する全ての時間が初めてとなるのだが、それはそれで面白い。変化と新しい挑戦ほどワクワクさせてくれるものはないのだ。

このスーパー耐久シリーズには、今シーズンは60台を超えるマシンが参戦しており、今回はクラス分けの関係で我々のレースは土曜日が決勝レースとなっている。その朝の予選を終えてから決勝までは実に慌ただしい時間だ。特にチームのメカニック達にとってはかなりの忙しさとなるだろう。
レースは200分の耐久レースとなるため、どのような作戦でレースに挑むのかが非常に重要になる。
今回スタートドライバーを務めるのは2輪のライダーでもある伊藤真一選手。2番目は海老澤選手で僕がラストを担当する予定だ。

スタートではまず確実に順位をキープする伊藤選手。前半こそ若干硬さが見えたものの、スティントの中盤以降は見事な走りで前車をオーバーテイクするシーンも!
98号車のスタートでのペナルティもあり首位を走行中だ!!
タイムも安定していてその走りは堂々としたもの。4輪の経験も豊富だとは言え見事な走りである。

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

彼からバトンを受け取った海老澤選手も、序盤こそ硬さが見えたが徐々にペースを掴み始め、スティントの後半にはピットストップ中に逆転されていた98号車との差を詰める程の素晴らしい走りを見せてくれていた。

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

そして2番手のまま海老澤選手が予定のスティントを終えてピットイン。あいにくこのピットストップで少し時間をロスしてしまい、トップを走る98号車との差はこの間に大きく開いてしまった。そのような状況の中、最後のスティントを担当する僕がバトンを受け取りピットアウト。

トップをいく98号車は加藤選手がドライブしている。箱車のスペシャリストでもある加藤選手のペースは速い。僕がリスクを負いながら全力で追ったとしても、ペース的には大きな差がなくピットアウト後に出来た20秒以上の差を詰めることは難しいだろう…。
ここはまず自分の仕事を完璧に仕上げなければならない。
初めてとなるFFマシンでの走行でどのようにタイヤやマシンバランスが変化するのかをじっくりと感じながら周回を重ねる。

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

作戦の違いにより若干燃費走行が必要になっていた98号車との差を20秒以上から10秒ほどにまで削り取ることが出来たのだが、猛追もついに時間切れ。
初めてのスーパー耐久のレースを2位でフィニッシュ。
クラスの違う上位のマシンがトラブルに見舞われたこともあり、何と我らがモデューロレーシンングプロジェクトが総合のワンツーフィニッシュを飾ることになった。
デビュー戦としては上々の滑り出しだ!

スーパー耐久シリーズ第1戦もてぎを終えて

チームとしても、ドライバーサイドからも、実に多くのことを学ぶことが出来た開幕戦だった。ライバルチームも次戦以降スピードを増してくることが予想されるので、本当の戦いはここからだろう。僕自身もまだまだ完璧にはこのマシンを乗りこなせてはいない。一つずつ自らの課題をクリアしながら、苦手な箱車でもスピードを見せられるように引き続き集中して戦う所存だ。

そしてこの新しい挑戦を、引き続き大いに楽しみたいと思っている。

こんなにリラックスして楽しくレースをさせて頂いたのは長い僕のレース人生でも初めてかも。(笑)

この場をお借りしてホンダ、そして関係者全ての方々に、心からの感謝の気持ちをお伝えしたい。

深謝

中野信治

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