思えば12年振りとなる日本のレースへ、日本のチームからの出場。
今回この「SUPER GT鈴鹿1000km」参戦のご縁を下さったのは、2014年にルマン24を共に戦った「チームタイサン」の千葉代表だ。
チームは古豪の「チームタイサン」、そして同じくこのシリーズを長く戦い続けている強豪「チームサード」のコラボレーションにて結成され、本年度のGTシリーズに参戦している「タイサン・サード」。
急遽お声がけを頂き実現した今回の戦いだが、長くレースを続けてきている僕にとっても、こうした戦いはいつもチャレンジングなものだ。
ライバルとなるドライバー達は、このシリーズを5年、10年と長きに渡り戦い続けているベテランから、日本を戦いの舞台にしている成長著しい若手ドライバー達。
マシン、サーキット、そしてこのGTレースの戦い方を熟知しているドライバー達は手強い。
ここ10年くらいは年に数回しかレーシングマシンをドライブしていない僕が、これだけ競争の激しい中でまともに戦えるのだろうか…。
おまけに僕にとっては圧倒的に経験の少ない箱車。
長くフォーミュラカーを乗り続けてきた僕だけに、こうした箱車のドライブへの不安がないわけではない。
それだけではなく、日本のサーキットを走る機会そのものがここ10年でもWEC世界耐久選手権を戦った富士スピードウェイが数回のみで、他のサーキットに至っては、ほぼ浦島太郎状態なのだ。(苦笑)
ただ今回のレースの舞台となる鈴鹿サーキットは、昨年ここで開催された「マセラティトロフェオレース」にて、1998年にF1に参戦していた時以来、17年振りのレースを経験している。(やはりこのレースもぶつけ本番だった!)
その昔は慣れ親しんだ鈴鹿サーキットなのだが、その中身は十数年の間に、結構細かく変わっていたのに驚いた覚えがある。
今回は一度だけ事前テストが鈴鹿で行われたため、幸いにも全くのぶつけ本番にならないのが救いだ。
ただ2日間予定されていたテストの2日目が雨により走れなかったのは、僕のようなルーキー(?!)にとっては非常に厳しいところ。
それでもこの1日のお蔭で、全くのぶつけ本番ではなくなったのが有難い。
マシンのことを高いレベルで理解するためにはもう少しコース上での時間が必要だが、ここ数年はどんなレースでもずっとぶつけ本番でやってきた。
そんな経験からこういった状況での仕事の進め方に関しては多少の自信がある。
今回共に戦うチームメートはこのGTレースを10年以上戦っている大ベテランの密山選手、そして絶賛売り出し中の箱車のスペシャリストである元嶋選手。
いずれも箱車、そして日本のサーキットを知り尽くしているドライバー達なので、僕にとっては心強い相棒だ。
今回はかれこれ20年くらい続けさせて頂いている「鈴鹿カートスクール」の講師の仕事がレースウィークと重なっているため、月曜日に鈴鹿入り。
鈴鹿の南コースにて、未来のF1ドライバー候補達を相手に火曜日から3日間みっちりカートを走らせてきた。
こうして今の若いドライバー達を見ていると、時々同じ年頃だった時の自分のことを思い出すことがある。
夢を実現するのは簡単ではないのだが、同時に絶対に不可能なことなど、そうそうあるものではないとも思っている。
どれだけ明確な夢が持てているか、そしてその夢のために自らが日々どれだけ努力を続ける事が出来ているかにかかっていると言っても過言ではないだろう。
思考と行動は常に共にあり、そのどちらもが純度の高いものであればあるほど、夢が実現する可能性は高くなる。
そもそも本気で欲しいもののためなら、努力を努力などとは決して思わないはずではないだろうか?
スクールで学ぶ子供達には、そんな真の強さと頭の良さを身につけて欲しいと願っている。
話を戻そう。
レースウィークから1か月程前に行われた合同テストにて、今回レースで使用するアウディR8のGTマシンを初めてドライブさせて頂いた。
ファーストインプレッションは、限界付近でのマシンの挙動が独特で、僕がここ数年ルマンでドライブしているプロトタイプのマシンとはそのドライビングスタイルが全く異なるということだ。
プロトタイプマシンに比べると、コーナリングスピードはそれほど速くはないのだが、マシンの重さやロール量の多さは箱車の経験の少ない僕を戸惑わせるのに十分な要素になる。(苦笑)
2日間のテストでマシンの学習を完了させるつもりが、2日目の雨により少しだけ僕の中の予定が狂ってしまった。
我々が今回使用するFIA規定のGTマシンは、JAF規定のGTのマシンに比べるとそのドライビングスタイルにおいて更に箱車の要素が大きい。
JAF規定のマシンは総じて重量が100キロ以上軽く、ダウンフォース量もエアロパーツの関係でFIA規定のマシンより大きいのが特徴。
JAF規定のGTマシンは、どちらかと言えばフォーミュラカーにドライビングスタイルが近いのではないかと想像する。新しくフォーミュラからGTへとステップを踏むドライバーにとっては、恐らく違和感なくドライブすることが出来るだろう。
JAF規定のマシンはレギュレーション上、ストレートが遅いとの評判だったのだが、実際には若干の差はあるもののそこまで大きな差はないように見える。
鈴鹿のような中高速コーナーの多いサーキットの場合、恐らくはJAF規定のマシンが圧倒的に有利になるであろうことは容易に想像することが出来た。
BOPに関しては非常に難しい問題なのだが、こうしたレギュレーションに関しても、少なからず再考すべき点があるように感じられたのは事実だ。
他にも気になることは幾つかあるのだが、こうした問題は非常にシビアで、間違った方向に舵を切れば、日本のモータースポーツ界の未来をシュリンクさせてしまう危険を伴っている。
現在日本では人気のあるシリーズなだけに、目先のことだけではなく、10年、いや20年先を見つめてのイノベーションを期待したい。
迎えたレースウィークの土曜日。
この日は1回の公式練習と予選が行われる。2日間での開催となっているこのGTシリーズでは、レース前の走行時間が圧倒的に少ない。
今回我がチームは3人ドライバー体制でもあるため、更に一人当たりの走行時間が削られることになる。
僕のようなルーキードライバーにとっては、やはり厳しい状況だ。
このテスト走行では前回から少し時間が空いているので、再び箱車のマシンへと体を順応させることに集中する。
マシンの方は前回のテスト時に比べると幾つかの問題点は改善されていて、セットアップは進歩している印象だ。
限られた周回数の中で自分の中にある確認事項をクリアしていく。
チーム全体での時間との戦いでもあるこのようなレースにおいては、ドライバーのコース上でのミスは絶対に許されない。
確実に、そして有効に与えられた時間を使いきるのが僕に与えられたタスクだ。
予選は僕がドライブする機会はなく、レギュラードライバーである2人が担当することが決まっている。
僕は今回がほぼぶつけ本番でのレースで、且つここまで一度もニュータイヤでの走行を経験していない。
妥当な判断だろう。
そのQ1予選では元嶋選手が素晴らしい走りを見せて5番手で通過。
彼は少々特徴のあるこのマシンの特性にもドライビングスタイルが非常にマッチしているようで、走りにもキレがある。
続いて行われたQ2では密山くんがステアリングを握りアタックを行うが、タイムを削り取ることが出来ずに12番手で予選を終えることになる。
彼のドライビングスタイルはこのマシンの挙動に合っていないのか、少し苦しんでいる印象だ。
GTでの経験が豊かな彼でさえ限界を探るのが難しいのだから、昨今のGTマシンには少し特殊な部分もあり奥が深い部分があるのだろう。
予選後はいつもと同じくマシンのセットアップ変更に関するミーティングだ。
それに加えて今回僕にとっては久しぶりのGTレースとなるため、ピットストッププラクティスなどもしっかりとこなさなければならない。
初めて尽くしの週末は、実に覚えることが多いのだ。
決勝日を迎えた鈴鹿の空は曇天だ。
天気予報は確実に雨が降ることを伝えている。
マシンとしては雨でも問題ないのだが、我々の使用しているタイヤの特性上、中途半端な雨が一番困る。
どうせ降るならしっかりと降って欲しいのだが、どうやらこの日は降ったり止んだりを繰り返す予報となっている。
スタート時刻の1時間ほど前くらいから雨粒が落ち始めた。
降り出した雨があっという間に路面を濡らす。
このままウエットでのスタートかと思われたのだが、スタートの30分前には雨が止んだ。
路面はまだ少し濡れてはいるのだが、気温が高いこともありスタートして数周するうちに路面は乾いてくるだろう。殆どのチームがドライタイヤでのスタートを決めているようだ。
スタートは予選のQ1を担当した元嶋選手が担当する。
そして迎えた12時30分、1000キロの長い戦いがスタート。
スタートは無難にこなした元嶋選手だったが、このスタート直後の1周目の混戦の中、他車にマシン後部を追突されてしまう。無線ではマシン後方から白煙が上がっているとの連絡。
ここで緊急のピットイン。
一度マシンをピットに入れて追突された部分をメカニックがチェックしている。
どうやらダウンフォースの重要な要となる、リヤのディフューザーが破損しているようだ。
パーツを交換するにはあまりにも時間がかかり過ぎてしまうため、応急処置だけを施しそのまま戦列に復帰することに。
今回は1000キロと長丁場のレースなのだが、いきなり厳しいスタートになってしまった。
リヤディフューザーを破損したことでマシンのバランスは完全なものではなくなるだろう…。
既にこの緊急ピットにより1ラップの遅れをとってしまう。
その後はトップと遜色ないラップタイムで周回を重ねるが、今度は左フロントのホイルナットの緩みにより、再びピットへと戻ることに。更に1ラップ近くを失い、再度ピットアウト。
ここからは更にタイムを上げていき、トップを上回るラップタイムで周回を重ねる。
元嶋選手が予定通りの周回数を終えてピットに戻り、ここでドライバーは密山選手に交代。
スタートでのマシン破損によりマシンバランスが完全ではない状態に苦しんでいるのか、彼はペースを上げるのに少し苦戦しているようだ。それでもミスなく周回を重ね予定通りの周回数を消化。
そしていよいよ僕の出番だ。
慣れないマシンでのレースは、これだけレースキャリアを重ねてきた僕であってもやはり緊張する。
ニュータイヤ、それも冷えた状態でのタイヤでの走行も初めてなので、スタートはかなり慎重なドライブだ。
スピード差の大きい500クラスとの混走も、このレースの難しさの一つ。
僕のようなルーキーの場合、周回を重ねるごとに色々な新しい発見がある。
これだけ沢山のレースを経験してきていても、それぞれのフィールドでまた新たな発見と学びがあるのは何とも面白い。
新しい挑戦にはもちろん不安やプレッシャーを伴うものだが、それを凌駕するだけの楽しさや喜びがある。
この年齢になって尚、自らの一番好きな分野でそんな喜びを感じられることがどれだけ幸せなことか。
慣れないマシンではあるのだが、周回を重ねるごとにそのドライビングが楽しくなってくる。
予定の周回を終えてドライバー交代のためにピットへと戻るころには、かなりマシンと親しくなれてきた実感がある。
ここで再び元嶋選手にステアリングを託す。
彼は箱のスペシャリストらしく相変わらずステディなドライビングを続けている。そのドライビングスタイルには、僕のような箱の初心者にとって学ぶべき部分が結構あったりするのだ。
そして再びドライバー交代のタイミングがやってくる。
今回僕はレース中一度しか乗らない予定だったのだが、急遽2度目のドライブをすることになった。慌てて準備を整えもう一度集中力を高めてみる。
そこには1回目の走行とは違い、緊張感よりもドライビングすることが楽しみで仕方ない僕がいる。
空からは時折雨粒が落ちてきてはいるのだが、路面が完全なウェットになるところまでは降り続いてはいない。
この走行では少しだけペースを上げて走行を続ける事が出来た。
まだまだ100%のアタックには程遠いノーリスクでのドライビングではあるが、ミスなくコンスタントに全てのラップをまとめることが出来たと思う。
最後は再び元嶋選手にバトンを渡す。
残り周回数が少ないこともあり、ガソリンの量もぎりぎりに少なくして300クラスのベストラップを狙いにいく。
惜しくもファステストラップには届かなかったが、素晴らしいラップタイムを刻み、マシンのポテンシャルの高さは証明してみせた。
最後は再び雨粒が落ち始めた夕暮れの鈴鹿だが、最後まで確実にマシンコントロールを続け、無事1000kmを走りきりチェッカーフラッグを受けることが出来た。
オープニングラップの接触や、レース中のピット作業ミスなどによるドライブスルーペナルティもあり、結果は決して満足出来るものではなかった。
ただレースを通してのマシンのスピードには、トップ6を争えるだけの力があることを証明出来たのは、11月の茂木での最終戦に向け、チームにとって一筋の光明となったのも事実だ。
僕にとっての12年振りとなる日本のチームでの日本のレースでの戦いは、少しほろ苦い結果となってしまったが、それでもほぼぶつけ本番で臨んだこのGTレースを十二分に楽しみ、そして大いに学ぶことが出来た
最後になりましたが、このような素晴らしい機会を下さったタイサン千葉代表と関係各位、そして応援してくださった皆さんに心から感謝を申し上げます。
Po. | No. | Cl. | Team | Car | Driver | Laps |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | 61 | GT300 | SUBARU BRZ R&D SPORT | SUBARU BRZ GT300 | T. Iguchi / H. Yamauchi | 161 |
2 | 31 | GT300 | TOYOTA PRIUS apr GT | TOYOTA PRIUS | K. Saga / Y. Nakayama | 161 |
3 | 0 | GT300 | GAINER TANAX GT-R | NISSAN GT-R NISMO GT3 | A. Couto / R. Tomita | 161 |
20 | 26 | GT300 | TAISAN SARD FJ AUDI R8 | Audi R8 LMS | S. Mitsuyama / Y. Motojima / S. Nakano | 156 |