スーパー耐久シリーズ第2戦が開催されるのはスポーツランド菅生だ。
昨年ここ菅生で開催されたスーパー耐久第2戦では、このシリーズでの初優勝を飾っており、チーム、そして僕自身にとっても相性の良いサーキットだと言っていいだろう。
今シーズン開幕戦の鈴鹿で幸先よく優勝を飾ることが出来た我々のマシンには、この優勝によるハンディウェイトとして、マシンに25kgの重りが積まれている。強いチームの独走を防ぎ他チームとのバトルを増やすべく、毎レース優勝したチームには25kg、2位に15kg、3位に10kgのウェイトをそれぞれ積まれることがレギュレーションで決まっている。これはなかなかタフなレースになりそうだ。
レースウィークは木曜日からスタート。
菅生は3時間レースとなり開幕戦の鈴鹿より短いレース時間となるため、今回は植松選手、大津選手、私の3人のドライバーが登録されている。開幕戦を共に戦った小林選手はチームの一員としてサーキット入りしており、週末を通して外側からチームの状況を見守る予定だ。
走り始めとなる木曜日の走行は大きな問題もなく進めることが出来た。
前回の鈴鹿と同じくマシンバランスは悪くない。3人のドライバーコメントにも大きな差がなく一貫しているため、マシンセットアップは進めやすい。
これは複数名のドライバーを要する耐久においては、ちょっとしたアドバンテージとなってくれるだろう。
マシンのセットアップは実に何百通りも考えられるため、ドライバー間にドライビングスタイルの大きな差があると仕事を進める時間が極端に遅くなってしまうからだ。
金曜日には2回の公式走行が行われる。
この走行で予選、そして決勝に向けたセットアップをまとめなければならない。
予選と決勝ではマシンに搭載する燃料の量に違いがあり、マシンバランスが大きく変化することがある。そのため予選と決勝ではマシンセットが違ったものになることが多いのだ。耐久レースにおいては、総じてレース寄りにマシンセットを進めていくことになる。
この週末はハンディウェイトの影響でマシン重量が重いこともあり、予選での好結果は望めない可能性が高い。それら色々な状況を鑑みた上で週末を通してロジックに物事を考えていくと、やるべきことはシンプルに見えてくるのだ。
ライバル勢に関してだが、どうやら今週もアウディのスピードが脅威となりそうな予感だ。
この日我々シビック勢のもう1つのチームである98号車はトラブルを抱えての走行となっておりペースを上げられていないのだが、トラブルが解決すればかなりのスピードを発揮してくるだろう。
この週末は土曜には予選前の公式走行はなく、走り始めからいきなりの一発勝負のタイムアタックとなる。
昨日まで感じているマシンの動きから少しアンダーステア傾向が強い。予選に向けてはこの症状を解決すべく、幾つかのアジャストをマシンに施し挑むことになった。
まずはAドライバーである植松選手がアタックへと向かっていく。
しかしタイムは予想していたより伸びない……。
懸命に2周、3周とタイムアタックを続けるのだが、僅かにタイムアップをしただけに留まってしまう。
ピットに戻った植松選手の話を聞いてみると、どうやらマシンバランスが昨日から変化しており思ったようなグリップ感が得られていないようだ。
ここから私がアタックに向かうまでには、僅か10分程のインターバルしかない。
この短時間の間に何が出来るだろうか……。
コメントが昨日までのものとは大きく変化しており、あまりに状況が見えない。
マシンに大きなアジャストを加えるにはリスクがあるとの判断で、最終的には僅かな変更を加えるだけでアタックへと向かうことになった。昨日までのマシンの動きであれば問題ないはずだ。
タイヤをもっとも有効に使える、いわゆる「美味しいところ」は僅か1周しかないため、クリアラップを見つけてアタックを行うことが予選での一番のキーとなる。クラス違いの速いマシン、そして遅いマシンと出会わずに1周のアタックを終えられれば最高だ。
タイヤをウォームアップしながら前後のマシンとの間隔を調整するのだが、これが意外と難しい。間隔をあけるべくスローダウンすると、せっかく温めたタイヤが冷えてしまうからだ。
1周のウォームアップからアタックへと向かう。
途中前後にマシンがいたこともありペースを調整しながらのウォームアップとなってしまうが、何とかクリアなスペースを見つけることに成功。
アタックへと向かう。
1コーナーから2コーナー、そして3コーナーのヘヤピンへと差し掛かる。
マシンバランスはアンダーステアが強い。
昨日までのバランスと比べるとかなりアンダーステア傾向が強くなっている。
攻めたいのだが、攻められない……。
かなりストレスの溜まるアタックとなってしまった。タイムも想定していたところより約1秒遅いものだ。
アタックを終えてピットへと戻り走り終えた直後のタイヤの顔をチェックしてみたのだが……。
あまりに綺麗すぎる。
まるで新品タイヤのままなのだ。
これはアタック中にタイヤがうまく機能していないことを表している。前回の開幕戦の鈴鹿でも似たような症状が起きていた。
ここから私とエンジニアとの長い長いミーティングが始まる。
レースに向けてはセットをまとめられている自信があるのだが、この予選では上手くタイヤを機能させることが出来ていなかった。週末に入ってからここまでレース寄りのセットで走行を続けてきていたことを差し引いても、これは想定外の結果なのだ。今後に向けて是が非でもこの原因を見つけなければならない。こうした地道な作業を続けることが重要なのだ。
このような状況下での私は実にしつこい。(苦笑)何度も何度もセット、内圧、タイヤの表面等々の確認を行いながら原因を探っていく作業をやり続ける。
この時間こそがエンジニアとドライバーとの一体感を作り上げていく上で、最も重要な作業であることを知っているからだ。
こうしたドライバーの一挙手一投足が、チームの組織を作り上げていく上での核となっていくことを、若いドライバー達には学んでほしいと願っている。
この作業を誰よりも重要だと考え徹底して実践していたのが、かつて帝王と言われたミハエル・シューマッハーだったのだ。
私はこうしたことを海外の第一線のレースで直に学んできたが、そういった経験を若いドライバー達に伝えていくことも私の仕事の一つだと思っている。
このような状況の中、予選結果は5番手となり厳しい状況ではあるのだが、私的には明日の決勝に向けてはそれほど悲観的ではなかった。
チームの総合力を考えれば、ここからでもトップまで追い上げられる可能性は大いにある。勝負はここからだ。
迎えた決勝の日曜日も気持ちのいい青空が広がっている。
私は生命力が溢れているこの4月から6月にかけての気候が日本では一番好きだ。ヨーロッパではちょうど6月初旬の気候がこの時期の日本と同じような感じなのだが、あの何とも言えないヨーロッパの空の色や空気感が少し懐かしい。
ヨーロッパ、アメリカで過ごした期間が長かったこともあり、1年を通してずっと日本にいると少しばかり閉塞感を感じてしまう自分がいるのだ。次はいつヨーロッパに戻れるだろうか……。
決勝は開幕戦に引き続き、植松選手がスタートドライバーを担当する。
開幕以降シビックFK8のドライビングを確実にものにしつつある植松選手は今や頼もしいチームメートだ。スタート前のセレモニーの間もいつも通りの落ち着いた表情を見せている。あまり緊張をしない性格なのだろうか。そんな彼の性格はスタートドライバーに向いているのかもしれない。
フォーメーションラップを終えて、いよいよスーパー耐久選手権第2戦のスタートだ!
スタートを無難にこなした植松選手の順位はそのままだ。レースをリードするのは、ポールポジションを獲得した我々のチームメートでもある98号車をオーバーテイクした19号車アウディだ。
アウディのマシンはここ菅生でも変わらず、その韋駄天ぶりを発揮している。
そのまま19号車はリードを広げにかかるが、2番手の98号車以下は大混戦だ。
ホンダ、アウディ、フォルクスワーゲンの違ったメーカーのマシンが入り乱れての争いは、TCRクラスの実力が拮抗していること、そしてこの接戦こそが今のTCRクラスの面白さを表している。
98号車をドライブするのはジェントルマンドライバーの飯田太陽選手だ。
ジェントルマンではあるのだが、植松選手と同じくスーパーGTやスーパー耐久のレースでのキャリアは実に長く、箱車でのドライビングに関してはプロの領域にあるドライバーといっていいだろう。
ルーティンのピットまでに順位を落としてしまってはいたのだが、スティントの半分以上を見事なドライビングで後続のマシン達を抑え込んで走り続けていたのだ。
97号車の植松選手も力強い走りを見せて少しずつ順位を上げている。途中ライバルとの軽い接触があったのだが、最終的にピットへと戻るまでに2番手まで順位を上げてきた!
だがこの時すでに見た目の順位では最終的な結果がどうなるのかが分からない状況が起きていたのだ……。
他チームのアクシデントにより14周目にフルコースイエロー(FCY)が投入。このときレースは既に動いていた。
FCY中はセーフティーカーの先導のもと全車がスローダウン走行となるので、この間にピット作業を済ませればタイムロスが少なくて済む。
今回のFCYの段階で、2台のライバル勢がピットへと戻りドライバー交代を終わらせている。計算上このタイミングでピットに入った10号車フォルクスワーゲンと19号車アウディの2台は、残り1回のピットで最後まで走り切れる可能性が出てきたのだ。
しかし我々は3人のドライバーのマックスドライビング(最長走行時間)等を考慮した場合、この段階ではまだピットウインドウをオープンにすることが出来ないのだ。
FCY以外のタイミングでのピットインはそのままタイムロスとなる。もう一度ピットウィンドウが開けるタイミングでFCYが出てくれれば良いのだが……。
もしこの後最後までFCYが出なければ、計算上今回のFCYですでにピット作業を終えているチームと大きな差が出来てしまうことを意味している。
このような状況下だからこそ冷静にならなければならない。
植松選手はミスのないドライビングで予定通りのスティントを終えてピットへと戻ってくる予定だ。
ここでチームはスタート前に予定していた2番手の走行ドライバーを、大津選手からプラチナドライバーである私へと急遽変更することにした。
ピットウインドウとプラチナドライバーのマックスドライビングの時間を計算すると、ここで私が出るのが一番有効な手段だとの判断になったのだ。
今年はFCYが導入されたことで、作戦に関しては少々複雑で色々な計算が重要となってきている。
今後もこうした臨機応変な判断力が勝敗を決する場面が増えそうな予感だ。
さてここからはFCYが再び出てくれるのか否かがポイントとなってくる。
そのタイミングも重要だ。
計算上ではあるのだが、我々は既に1回目のピットを済ませている2台より1回余分にピットに入るのに等しい。
ここからはコース上でその差を埋めなければならない。
厳しい状況ではあるのだが、やるべきことがシンプルだと覚悟は決まるもので、後はルーティンのピット、もしくはFCYが出るタイミングまでプッシュし続けるだけなのだ。
これが恐らくはこのレースで勝つ為の絶対条件となるだろう。1周たりともミスは許されず、気を抜くことは出来ない。
マシンのバランスは走り始めはオーバーステア、スティントの中盤から後半にかけてはアンダーステアと盤石ではない。
今回の菅生は初夏を思わせる夏日でコース上の気温はぐんぐん上昇している。
2番手のドライビングは最も気温の上がる時間帯でもあるため、タイヤには厳しい状況となるだろう。
この時間帯にマシンを走らせている他チームもハンドリングに苦しめられているのか、全体的にラップタイムは想定より遅いものになっている。
そのような状況の中、無線で前後のマシンとの差を確認しながらプッシュを続ける。無線の内容からトップを走るフォルクスワーゲンとの差を計算すると、不可能が可能になるかもしれない……。
後方を走る19号車アウディとの差も際どいところではあるのだが、このペースをキープすることが出来れば、次のピットを終えた時点で前に出られる可能性がある。
周回遅れのクラス違いのマシンを慎重にオーバーテイクしながら、ロスタイムを最小限に抑えるべく集中する。
ここでピットからの無線で中村監督の声が聞こえてくる。
どうやらトップを走る10号車フォルクスワーゲンが、トラブルによりマシンをガレージに戻してしまったようだ!
これで97号車がトップへ浮上!
トップ争いは後ろを走る19号車アウディとの一騎打ちとなった!
結局このスティントで期待していたFCYが出ることはなく、ルーティンのピットへと戻りアンカーを務める大津選手へとステアリングを託す。
最後のピットを終えてアウディとの位置関係はどうなるのか?!
ピットアウト後1周を終えてコントロールラインを過ぎた97号車と2番手を走る19号車アウディとの差は5秒弱だろうか。
ここからは97号車と19号車、つまりホンダとアウディのマッチレースとなりそうだ。
数周を終えてその差は徐々に広がりつつある。
58周目と先にピットに入っていた19号車に対して、79周目に最後のピットを終えてタイヤがまだフレッシュな状況にある我々97号車がここにきて有利な状況にあるようだ。
大津選手の走りは実に安定している。
下がり始めた気温、そして路面温度の変化もあってラップタイムも上々だ。
レース後半に向けて徐々に19号車との間隔を広げ、最終的には10秒以上とその差を大きく広げて歓喜のチェッカーフラッグ!
厳しい予選結果から大逆転で優勝を手に入れることが出来たのだ!!
これで開幕2連勝を達成することが出来た。
チーム、そしてドライバー全員の総合力の勝利だ!!
苦しい時ほどチーム全員の総合力が問われるのがモータースポーツの世界。
そして我々はその強さを少しずつではあるが手に入れつつあると言っても過言ではないだろう。
これは今年で2年目に入るモデューロホンダプロジェクトが求める最高の形でもあるのだ!
この優勝により、今シーズンもっとも過酷な戦いと言われている次戦の富士24時間耐久では、我々97号車は50kgのハンディウェイトをマシンに搭載することになる。
24時間レースにおいてこのエクストラウェイトは、タイヤやブレーキの摩耗を考えると確実にボディブローのように効いてくるだろう。
戦い方はこれまでと違ったものになるのは間違いない。
しかし、厳しい状況になればなるほど活きてくるのが経験だ。
50年ぶりに復活する富士での24時間耐久レースに、これまでフランスのルマン24時間レースを9回経験させて頂いている私の経験をフルに活かすことが出来れば最高だ。
過去の経験は連綿と現在へと繋がっている。
そう、全ての物事には意味があるのだ。
モデューロホンダレーシンングの力を結集して、富士での24時間を最高の集中力で思いっきり楽しみたい。
中野信治