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スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

ここ岡山国際サーキットでアジアンルマン選手権が開催されたのは、今からちょうど
8年前になるだろうか。
当時フランスのチームに所属していた私は、このレースでルマンのLMP1クラスのマシンを操り、優勝を飾っている。2009年のことだ。

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この時は2004年のGT500へ参戦して以来のちょうど5年振りとなる岡山国際サーキットだった。
今回このサーキットを訪れるのは2009年のアジアンルマン以来のことで、実に8年振りとなる。

私自身ここ10年くらいは、毎年ほんの数回しかレーシングマシンのステアリングを握っていない。2005年以降はルマン24への挑戦をスタートしたことで再び戦いの舞台をヨーロッパに戻していたこともあり、十数年の時を経て今年こうしてまた日本のサーキットを転戦することになったのが、少し不思議な気分だったりもする。
よくよく考えてみるとこうして日本のサーキットを転戦していたのは、私がF1にデビューした1997年以降から数えると、この20年の間で今年を含めてもたったの2年間だけなのだ…。

そう考えると私のレースキャリアは海外が長いため、ここ日本では馴染みが薄いかもしれない。日本人なのにちょっと微妙な感じではあるのだが、私自身の中では何となく外国人に近い視点と感覚で、母国日本のレース界をずっと見つめ続けてきたような気がする。
余談になってしまうのだが私が97年以降、昨年に至るまでに毎年戦いを共にしてきたチームの国名は以下の通りだ。

フランス、イタリア、イギリス、アメリカ、アメリカ、アメリカ、日本、フランス、フランス、イギリス、スペイン、フランス、フランス、ベルギー、イギリス、イギリス、ドイツ、スイス、スイス、日本、イギリス…

実にバラエティに富んだ多国籍な感じになっているのがお分かり頂けるだろう。
この20年の間、ほぼ毎年のように違った国の違ったチームと仕事をしてきているのは面白い。

次の写真はF1時代のものだ。

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

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そして2003年のINDY500参戦以降は、チームとの交渉からスポンサー交渉、契約に至るまでの全てを自らがプロデュースしながら世界での戦いを続けてきた。

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他のスポーツでたまに耳にすることがあるのだが、私のスタイルはプレイングマネージャーにも少し近いのかもしれない。
当然、その道程は平坦ではなかった。

信頼出来る仲間と共にここまで手弁当で9回のルマン24参戦を実現させることが出来たのは、奇跡だったと言っても過言ではないだろう。
一言では語りつくせない数多くの出来事があった…。
私がこうして世界での挑戦を続けてこられたのは、言うまでもなく信じられないくらい沢山の方々のお力添えがあったからだ。
私の挑戦は、常に変化と共にあった。
こうした挑戦と変化こそが、私に純度の高いインスピレーションを与え続けてくれている。

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人によって価値観は異なるものなのだが、私の中ではこうして常に変化を求め、世界で戦い続けることそのものがインスピレーションの泉であり、モチベーションの源でもあったのだ。
難しい環境に身を置くことで、その分人としての成長を約束されるだろう。
少なくとも私はそう信じているし、自らの進む道に関してはあえて難しいと思われる方をいつも選択してきた。

私がこの挑戦を通して学んだこと。
それは不可能の向こう側にしか見つけることが出来ない尊い学びがある、ということだった。
人はここが限界だと感じたところから、本当の意味での学びを始めることが出来る。
それは巷に溢れている自己啓発の本で学んだ知識だけでは、決して手には入れることが出来ないものだ。
挑戦と変化を恐れない強い心こそが、真の学びを始めるためのチャンスを必ず与えてくれるだろう。

昨今の若いドライバー達から挑戦に対する貪欲さが少し欠けているように感じているのは私だけではないはずだ。ただ、それは若いドライバー達が悪いのではない。そんな環境を作ってしまったのは我々大人達だからだ。

5歳そこそこでカートを始めて、15歳にも満たない年齢ですでに4輪のマシンを経験することが出来る今の時代においては、運転の技術が高いのはもはや当然のことだ。
ところがそんな潜在的に持っているはずの才能と、子供のころに持っていたはずの世界で戦いたいという大きな夢は、いつしか日本のサラリードライバーとしての心地よさに取って変わられてしまう…。
もちろんそこにも厳しい戦いがあることは理解しているし、それも悪いことではない。価値観は人ぞれぞれであり、その価値観を否定する気など毛頭ない。
そもそも夢のために全てを投げ出す勇気、気概がなければ、世界で戦う資格などないのだ。

将来に向けての人生設計とSNSでの交流を楽しむことに関してはとても器用にこなしてしまう昨今の日本の若者たち。今年日本にやってきたガスリーやローゼンクビストといった若き才能あふれる外国人ドライバーを見て、彼らはなにを感じていたのだろう。
彼らだけではない。世界基準には貪欲な凄い能力を持ったやつらが沢山いる。彼らは
今年いきなり日本にやってきて、初めてのサーキット、初めてのマシンにも関わらず、百戦錬磨の日本人トップドライバー達を相手に、我々玄人を唸らせる圧倒的なパフォーマンスを見せつけてくれた。
マシン、タイヤ、そしてサーキットを隅から隅までを知り尽くしている日本の選手達が日本のサーキットで速いのは言うまでもない。そんなジャパンスペシャリストである日本のトップドライバー達を相手に、いきなりそこまで結果を出してきてしまうその強さ、そして頭の良さこそが世界基準と言って良いだろう。

日本でトップドライバーを自負しているドライバー達は、この狭い日本を飛び出し彼ら世界基準の選手達とヨーロッパに出て行って戦いたいとは思わないのだろうか?!
恐らくはやりたい気持ちはある、と答える選手はいるだろう。だがそのあとに彼らの
口から出てくるであろう言葉は大体の場合想像がつく。何となく想像が出来てしまうのだ。

私なら死ぬ気でそのチャンスを探しに行くだろう。
出来ない理由を考える前に、その夢を実現するための方法を考えなければならない。
扉の鍵を開けるための方法は、必ずどこかに隠されているはずだ。

不可能を作り上げてしまっているのは、誰あろう自分自身の思考そのものだったりするもの。もちろん人生設計も大切なことだが、少なくとも若いうちはもっと挑戦することに価値を感じられるメンタリティを持っていてほしいと願わずにはいられない。

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

随分と話がそれてしまった。
本題に戻ろう。

今回の岡山の週末は木曜からのスタートだ。最終戦ということもあり、チームも気合が入っている。我々モデューロレーシングプロジェクトとしては、シリーズランキングの1‐2を賭けた戦いとなる。

ここで一度状況を整理しておくと、現在シリーズ2番手の我々97号車が98号車を破り逆転チャンピオンに輝くには、最低限このレースに勝たなければならない。
ポイント差は大きく、97号車のこのレースでの優勝+チームメートの98号車のDNF(リタイア)が我々97号車のチャンピオン獲得の条件となっており、チームとしては非常に難しく、且つ微妙過ぎる条件になっている。(苦笑)
97号車としては、現在シリーズ3位のアウディとの争いも残っており、油断は出来ない。そんなこんなで色々な状況が複雑に絡み合ってはいるのだが、兎にも角にもこの最終戦で有終の美を飾ることが我々97号車の最大の目標だということに変わりはない。

木曜からスタートしたテスト走行。
走り始めからマシンのバランスは安定していて、いつも通りの滑らかな乗り心地だ。
ひとついつもと違うのは、天候が落ち着かないことだろうか…。
天気予報を見てみると、どうやら週末はずっと雨模様になりそうだ。木曜日のテスト走行も終日雨に見舞われることになった。
雨模様の中、通常通り3人のドライバーがマシンの感触を確かめるべく走行を行い、同時にレインコンディションに合わせた方向へとマシンのセットアップ変更を進めていく。

今回は富士に続き、伊藤選手と幸内選手が私のパートナーとしてステアリングを握っている。幸内選手はここ岡山国際サーキットをホームコースとしており、走行前からその表情には自信が漲っているようにも見える。恐らく我々97号車にとっては非常に心強い助っ人となるだろう。

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金曜日に行われたテスト走行も、大半がウエットコンディションでの走行を強いられることになる。
セッションの後半で少しドライ路面での走行が実現したのだが、明日の予選がドライの予報なので、チームメートの2人がドライ路面でステアリングを握ることになった。
私はセミウエットの路面で数周だけ走ることが出来たのだが、それでも多少はマシンの状況を確認することが出来た。
短い時間でマシンフィーリングを感じ取り状況を掌握するのは私の得意分野だ。

箱車にも今年1年で随分慣れることが出来たため、マシンセットに関する理解度はかなり増してきている。路面状況が安定しないため他チームのマシンとの比較は難しいが、それぞれのマシンポテンシャルにはそれほど大きな差が無さそうだ。いずれにしても明日の予選は蓋を開けてみるまで予想がつかない。これはこれまでになかった展開なだけに面白い。

土曜日の予選は、天気予報通りドライ路面での戦いになりそうだ。
我々モデューロレーシングプロジェクトとしては、今回この岡山国際サーキットでどうしてもポールポジションが欲しいところ。シビックTCRは今年まだ一度もポールポジションを獲得できていないのだ。
この最終戦ではこれまで累積でマシンに積まれていたウェイトを全て下ろすことが出来るので全車がある意味イコールコンディションとなる。

マシンのセットアップに関しては、短い時間ではあったのだが昨日の走行で知りえた情報から高いレベルでまとめることが出来ているはずだ。
一人目のアタッカーはこれまで通りAドライバー登録の伊藤選手だ。2輪でも活躍されているレジェンド伊藤選手。安定感抜群のその走りはとても2輪の現役ドライバーとは思えない。この最終戦に向けて彼自身の集中力も増しており、予選での走りが楽しみだ。

予選は定刻通りにスタート!
慎重にタイヤを温めアタックへと入っていく。同時に他のライバル達もアタックを開始している。気温の低い岡山だがタイヤの温まりは悪くないようで、計測2ラップ目にはアタックに入れているようだ。
伊藤選手は3ラップ続けてアタックを終えたところで一度ピットへと戻ってきた。この時点でのタイムはクラス3番手辺りだろうか。

マシンはアンダーステアが強いとのこと、タイヤの内圧を調整して再度アタックをするべくピットアウトしていく。
ここで伊藤選手が見事なアタックを見せてくれた。
そのタイムはクラストップとなる1’39.199と素晴らしいタイムを叩き出した!
2番手に続いたのは黒澤選手がアタックを務めた98号車とモデューロレーシングプロジェクトのワンツーだ!

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

2人目のアタッカーは地元岡山で気合十分の幸内選手。
箱車もサーキットも知り尽くしている幸内選手には、チームからも大きな期待がかかっている。少し前にここ岡山にてレースへ参加したとのこと、シビックTCRでのレースも今年3レース目となり、集大成の走りを見せてくれるだろう。

伊藤選手のコメントからマシンセットに変更を加えアタックへと飛び出していく。
が…タイムは伸びない。
一度ピットに戻り再度セット変更と内圧の変更を施し再度ピットアウト。
ここで幸内選手が魅せた!
素晴らしいアタックでクラストップタイムを叩き出したのだ!
タイムは1’39.015と先ほどのセッションでチームメートが作ったレコードタイムを上回って見せた。地元の意地を見せつけた幸内選手の顔は心なしか「どや顔」だ。(笑)

この結果我々97号車が今季初のポールポジションを獲得!!
シビックTCRにとっても今年初のポールポジションとなり、最後の最後でホンダとチームの頑張りをスピードの部分でも証明することが出来たのは本当に良かった。

ただこの予選で98号車の二人目のアタッカーを務めた石川選手がクラッシュを喫しノータイムとなってしまう。石川選手の体調が心配だが、メディカルルームで彼に会ったチームマネージャーから、首が少し痛いようだが大丈夫だとの報告があり一安心だ。

3人目のアタッカーは私が担当する。
私にとっても今年最後の予選アタックとなる。

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予選結果には反映されないとはいえ、決勝に向けて唯一ニュータイヤでマシンのフィーリングを確認出来るタイミングでもあるため、全神経を集中させてのドライブとなる。
週末に入ってからドライでは殆ど走れていないので、この予選が実質初のドライ路面での走行だ。
1周のウォームアップを終えてアタックに入る。
今年1年間で童夢のエンジニア達と作り上げてきたマシンセットは、実に安定していてどんな状況でも安心感がある。この安心感がドライバーの自信へと繋がりトータルで結果へと繋がっていくのだ。
このアタックで私が記録したのは1’38.793。

チームとしては既にポールポジションが決定しており、且つ石川選手のクラッシュ直後ということもあり、かなりコンサバにマシンを走らせてのタイムだったのだが、それでも今季3度目となるコースレコードを樹立することが出来た。
チーム全体の頑張りで、マシンのポテンシャルがこの1年を通して確実に進歩してきた証拠だ。
私自身もこの1年で遅まきながらようやく箱車にも慣れてきたのだろう…。

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これで明日の決勝をポールポジションからスタートすることが決まったのだが、直ぐに雨予報の決勝に向けたミーティングを開始する。
ここは非常に緊張感の高まる場面なのだが、今年の私はちょっと違う。
どんな場面であっても、緊張感の中に楽しいと感じることが出来ている自分がいるのだ。

モデューロホンダレーシングプロジェクトとして今年このレースに参戦している一番の目的はホンダシビックの魅力、そして車をドライビングすることの楽しさを多くの方達にお伝えすることだ。
昨今の若者の車離れ、AIの進化により、そう遠くない未来にやってくるであろう自動運転による車社会は正に時代の流れでありその変化を止めることは出来ない。
だが、こうして11歳でカートを始めてから都合36年間の長きに渡りマシンを操る楽しさを享受させて頂いてきた私としては、こうした素晴らしいプロジェクトを通して、この楽しさの一端を感じてもらえるような機会が増えてくれることを願って止まない。
まずは自分自身が楽しもうと心に決めてスタートした1年だったのだが、今では楽しむことが自然で当たり前のことになっている自分がいる。このプロジェクトの一員となれたことで、改めて心からドライビングを楽しむことの大切さを思い出させて貰えたのは誰あろう僕自身だったのかもしれない…。

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迎えた決勝は予報通りの雨模様だ。
サーキットに到着すると、鉛色の空から止まることなく落ちてくる大きな雨粒が出迎えてくれる。
私自身は決して雨の走行を苦手とはしていない。ただサーキットまで足を運んで下さっている熱心なレースファンの方々のことを考えると、この天候はやはり恨めしい。
雨中のイベント観戦が抱える命題であり、屋外で戦うスポーツの宿命ではあるのだが、もう少し観客の方々がこうした悪天候の中でも快適にレースを観戦できる環境が整えばといつも思ってしまう。

さあ泣いても笑ってもこれが今年最後の3時間となる。
マシンのセットアップに関してもこの雨の状況に合わせ込み、木曜日の走行からエンジニアとのミーティングを重ね作り上げてきている。
最終戦での絶対勝利に向けて、97号車のマシンをシェアしているドライバー3人の結束も強固なものが出来あがっている。
今年一年苦楽を共にしてきた童夢のメカニック、エンジニア達の士気も高い。
彼らにとっても急ごしらえでスタートしたこのシーズンだったのだが、この一年でチームの全員が大きく成長しているように見える。
後は我々が最高の集中力で思い切りドライビングを楽しむだけだ!

今回はいつもと少し作戦を変えてスタートドライバーを変更することに。
これまでスタートドライバーは伊藤選手が務めてきたのだが、今回は地元の雄幸内選手が務めることに。
このサーキットを知り尽くしている幸内選手なだけに私も安心してスタートドライバーの大役を任すことが出来る。
98号車に関しては予選でクラッシュを喫した石川選手が大事をとって決勝を欠場することになったため、黒澤選手と加藤選手の二人で3時間のレースを戦うことになった。

スタートを直前にしても変わらず雨は降り続いている。
時折雨脚が強くなったり弱くなったりを繰り返しており、路面状況はレース中も変わりやすくトリッキーな状況になるだろう。
グリッド上でのセレモニーはいつも通り滞りなく行われていて、スタートドライバーの幸内選手はいつも通りの明るい表情で皆の激励に応えている。ご家族や友人の方達の応援も多数いらしていて、今回の彼はさながらローカルヒーローだ!

雨のスタートは前方を走るマシンの水しぶきにより視界が悪くなるため、最も難しい瞬間となる。
レースのスタートはセーフティカー先導からとなったため、少しばかりリスクは軽減したのだが、そのスタートを幸内選手は落ち着いてクリアし、クラストップで1周目のコントロールラインを通過する。

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その様子をピットで確認したチームのスタッフ達が安堵の表情を見せている。
やはりスタートとピットストップが、このレースにおいては一番緊張感の高まる場面と言っても過言ではない。
何故ならそのタイミングこそが予期せぬトラブルやアクシデントが最も起こりやすい時間になり得るだからだ。

だがほっとしたのも束の間で、このセーフティカー先導によるスタートを利用して意表を突く作戦に出たチームがあった。
今回のレースでは2度のピットストップが義務付けられているのだが、1回目のピットストップをこのセーフティカーの間に済ませてしまい、通常のピットストップを1回で終わらせることでタイムロスを最大限に削り取る作戦だ。
この作戦をとったチームは他にも数チーム程あったのだが、我々TCRクラスでは10号車のフォルクスワーゲンがこの意表を突くギャンブルに出てきた。

ここは元々2人のドライバーしか登録していないチームなので、セーフティカー解除後は二人のドライバーが半々ずつで1回のピットだけを行えば良い計算だ。対してここから2回のピットストップがマストである我々は、普通に行けば1回のピットストップタイム分の差を10号車に対してつけなければ勝利はないということになる。

この雨の中ライバルのアウディ勢のペースはそれほど上がってはいないようだ。
しかし10号車のペースは速い。
そんな中、幸内選手のペースは素晴らしく、僅かながら10号車のペースを上回っている。ただ1回分のピットストップタイムを埋めるには、ここから更にプッシュを続けていかなければならない。我々のチームメートである98号車は黒澤選手のドライブで最後尾から順調な追い上げを見せている。
この週末雨の中のドライビングが冴えわたっている黒澤選手は、この最終戦で今シーズン中ベストの素晴らしい走りを披露してくれていたのだ。

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さあどうなる!?
幸内選手はその後もプッシュを続けて順調に後続との差を広げてくれている。
ローカルヒーローの雨の中の走りは見事で、雨が少なくなったタイミングで叩き出したベストタイムは他を圧倒するものだった。
作戦通り長めのスティントを無事に走り終えた幸内選手がピットへと戻ってくる。
今回2番手を務めるのは私だ。

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今回は幸内選手と私で広げられるだけ広げた後続マシンとの差を、ラストを務める伊藤選手に守ってもらう作戦をとっている。
ピットアウト後数周は順調な滑り出しだった。
ところが6周を過ぎた辺りから急激にブレーキングでのマシンの挙動がおかしくなりペースを上げることが出来ない。
サーキット上にオイルでも出ているのだろうか・・・。
ブレーキングで全くマシンが止まらない・・・。

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現在私の目の前には事実上レースのクラストップを争っている10号車が走行中だ。
ペースはほぼ互角で付かず離れずの間隔での走行が続いている。
お互い残り1回のピットストップをこなさなければならないことを考えれば、この時点でほぼ互角の状況にあると考えていいだろう。
これならば、レース後半に向けて十分に勝負になる。
暫くして10号車がセーフティカー解除後の最初で最後のピットストップへと向かう。
ここから私の方は一気にペースを上げるべくプッシュを開始する。

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

雨量やオイルなどの路面状況のせいなのかバランスは完全ではないのだが、出来る限り後続との差を広げるべく集中しなければならない。
我々にも残り1回のピットストップが待っている。
スティントも後半に差し掛かる辺りからペースは少しずつ改善して、2番手を走るマシンとの差も十分なものになってきたようだ。

予定通りのラップ数を終えてピットへと戻りいよいよ最後のドライバーチェンジ。
伊藤選手は少し焦ったのか、珍しく2回のエンジンストール・・・。
10号車との差が気になるところだが、前で出られるか?!
何とか前でコースに復帰出来たようだ!

ここまでは作戦通りに進めることが出来ている。
後は伊藤選手がミスなく最後まで走り切ってくれるのを祈るだけだ。
10号車のペースは上がらず追い上げてくる気配はない。どうやら彼らはピット時間を短縮するためにタイヤ無交換の更なるギャンブルに出ているようで、周回を重ねるごとにタイムは落ちてきている。我々のタイヤ状況を見てみても、流石に無交換で最後までペースを落とさずキープするのは厳しいだろう。

伊藤選手は最後までミスを犯すことなく安定した走りを見せ、そしてついに歓喜のチェッカーフラッグ!
最終戦での絶対目標だった優勝を、ポールトゥウィンという願ってもない素晴らしい形で実現することが出来たのだ!!

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

予選での私自身の今季3つ目となるコースレコード、そして幸内選手が獲得したレース中のファステストラップも含めると終わってみれば完全優勝だった。

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

年間シリーズチャンピオンはチームメートの98号車が獲得。
私たちはシリーズ2位でこのシーズンを終えることとなった。最後戦を終えてのポイント差は僅か4ポイントだった。
途中エンジンの不調でピットインアウトを繰り返していた98号車のマシンだったのだが、最後までレースを走り切り無事完走を果たすことが出来た。
我々に残されていたチャンピオン獲得の条件は、最低でも優勝、そしてチームメートがリタイヤをした場合というチームとしては非常に難しい内容であった。
97号車のチームクルーとしては少々悔しい部分もあったかとは思うのだが、私個人としては結果として97号車が優勝で優秀の美を飾り、そして98号車がトラブルを抱えながらも無事に完走を果たしシリーズチャンピオンを獲得出来たことは、我々モデューロレーシングプロジェクトとして最高の終わり方だったように感じている。

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

終わってみれば本当にあっという間の一年だった。
私にとってはおっかなびっくりで始まったFF箱車でのレース参戦だったのだが、シビックTCRの完成度の高さと、マシンメンテナンスを担当してくれた童夢のエンジニアリング能力の高さのお蔭で、苦手意識の強かった慣れない箱車のドライブも殆ど違和感なく快適にこなすことが出来た。
46歳にして全くの新しい挑戦でもあったこの戦いは、私の長いレースキャリアの中にまた新たな一ページを付け加えてくれたのだ。

スーパー耐久シリーズ第6戦岡山を終えて

私にとって挑戦はかけがえのないモチベーションであり、変化こそが命そのものだと思っている。
誠に勝手で僭越ながら、これは世界のホンダの理念であり信念にも近いものがあるように感じている。
そんな当たり前の最も大切なことを私に改めて考えさせてくれた、プロジェクトチーム関係者全ての方々にこの場を借りて御礼を申し上げたい。

深謝。

中野信治

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