いよいよスーパーポールが始まる。
車のセットアップは昨日から何も変えていない。
データで他車の走りは確認しているので、それをこの予選でどのように自分に落とし込めるかが重要だ。
セットがそのままなので当然なのだが、マシンのフィ-リングは昨日のままだ。
鈴鹿は路面温度やラバーの乗り具合でマシンのバランスが変わることがあるのだが、今回のこのマシンに関してはあまり変化がないように見受けられる。
まずは自らのアタックラップに集中する。
走行を続けながら順位はメインストレートの電光掲示板にて確認する事が出来る。
一度アタックを行いタイヤをクールダウン、そしてまたアタックをするのを3回繰り返したところでタイムアップ。
最終アタックではシケインまでに0.2秒程それまでのタイムを上回っていたが、シケインで僅かにタイヤをロックさせてしまいタイムの更新はならず。
それでもタイムはまずまずで電光掲示板に示された順位は2番手だ!
前日に続いてまだイメージ通りには走れていないのだが、マシンのポテンシャルはかなりいいところまで引き出せている実感が出てきた。
この結果、午後から行われるレース1は最前列のフロントローからのスタートに決定だ!!
トップは昨日に引き続きイタリアのラガッツィ選手だ、彼はパドックですれ違う度に俺の走りはどうだとばかりにドヤ顔をしてくる。(笑)
正直ちょっとイラっとくるのだが笑顔でその顔を見つめ返すちょっと嘘つきな僕がいる。
今回はゲスト参戦であるとはいえ、やはり僕もレーシングドライバーだ。
どんな理由であれ負けて悔しくない訳がない。
3番手にはこのシリーズのチャンピオンシップをリードしているフランスのモンティン選手。
いきなりシリーズでチャンピオンを争う2人に囲まれてしまった。
スーパーポールを終えてランチの時間での出来事。
今回のレースではマセラティジャパンさんが、素晴らしいホスピタリティブースをピット上に用意してくれている。
マセラティを所有されているカスタマーさんにチーム関係者、そしてドライバー達もこの同じ素晴らしい空間で食事をとることになる。
僕はレース前ということもあり、いつも通り比較的早くエネルギーに変わり易いパスタとフルーツを食べていた。
そこにやってきたのが僕より若いにも関わらず少しお腹の出ているラガッツィ選手だ。
余談だが僕はお腹が出るようになったらレースはやっていないだろうと思う。(笑)
そのラガッツィ選手なのだが、今回はいつものどや顔ではなく、神妙な顔つきでこちらを見つめている。
ほー、そんな顔もするんだなぁと思いながら彼の話を聞いてみると、どうやらシリーズを争っているライバルに関してのことだった。
詳しくは割愛させて頂くが、まぁスタートに関してのリクエストというか、まぁそんなようなものだ。
しかし分かりやすい男だな。(笑)
まあ今回は賞典外参加の僕なのでいかようにも暴れられるのは確かである。
どうしたものか…。(笑)
いよいよレース1のスタート時間が近づいてくる。
スターティンググリッドに向かうためマシンに乗り込もうとピットレーンを歩いていると、今度は例のラガッツィの宿敵であるモンティン選手が声をかけてきた。
内容はご想像にお任せするが、前でのラガッツィ選手と同じようなものだった。(笑)
いや、これには参った!!
そうは言われても僕にだって勝ちたい気持ちはある。
マセラティジャパンさんからオファーを頂き、こうしてマシンのステアリングを握ることになったのだが、やはり彼らマセラティジャパン関係者の方々も日本人である僕が地元で勝ってくれることを望んでいるに違いない。
言葉にこそ出されてはいないのだが、多少なりともそんな期待にも似たプレッシャーのようなものは感じ取れる。
実際これはなかなかのプレッシャーだった!
スタート前にそんな笑えそうで笑えないハプニングがあったのだが、まあそこはスタートしてから考えようと頭を切り替えグリッドへと向かう。
まずは自分のレースをすることだ。
初めてのスタートは手堅く決めることが出来て、2番手をキープしたまま1コーナーを通過。
やはりラガッツィ選手のペースは速い。
1周を終えてその差は2秒近くあるだろうか、悔しいがテールに食いついていくことが出来ない。
何とかその後姿を視界から消すまいと集中力を高めてみる。
僕にチャンスがあるとすればタイヤがグリップを失い始める後半だろう。
前半で出来る限りタイヤを労わりながら距離を開かれないよう走れるかが、勝つためのキーだった。
6周を過ぎた辺りだろうか、前を行くラガッツィ選手のペースが少し落ちてきた。
僕の後ろから激しく攻め立ててきていたモンティン選手も少しペースを落としたのかミラーに写るその姿が小さくなり始めている。
これは正に僕が願っていた展開だ!
もしかしたら勝てるかもしれない!!
そんな矢先に一台のマシンがデグナーカーブ出口でクラッシュ。
セーフティーカー(SC)が出動することに。
ここで追い上げムードだった流れが一旦断ち切られてしまう。
SC先導による走行が3周ほどは続いただろうか、再スタートは順位キープのまま1コーナーを通過。
僕にとってはこのSCが明暗を分けた。
前半攻めすぎてリヤタイヤを酷使していたであろうラガッツィ選手とモンティン選手のタイヤが、このセーフティカー投入によって復活していたのだ。
僕のマシンはもともとアンダーステアが極端に強かったのだが、この3周に及ぶスローラップでタイヤが冷えたことにより完全にバランスが崩れひどく乗り難いマシンになってしまっていた。
何故僕のマシンだけがこのようなバランスになってしまったのかは後々判明するのだが。
SCが明けて1周目のスプーン出口で僅かアクセルオンが遅れスピードが伸びない僕にモンティン選手が襲い掛かる。
何とか押さえられそうだったのだが、ここはやはりチャンピオンシップを争っているドライバーに敬意を表し、無理なブロックはやめることにした。
3番手に順位を落とすが引き続きモンティン選手のテールに食らいつく。
ぎりぎりではあるが何とかその距離を離されずにいるのでまだ射程距離内だ。
そして後ろからはもう一人の実力者であるリーナー選手がかなりの速いペースで追い上げてきている。
彼もブランパンシリーズをイタリアの強豪チームであるAFCORSEからフェラーリのマシンで戦いながら5年間このシリーズにも出場している若いが経験、実力共に折り紙つきの選手だ。
レースも後半に差し掛かり何とかこの追い上げを凌ぎながら、再びモンティン選手を攻めるべくその差を詰めていく。
迎えたラストラップのヘヤピンではオーバーテークのチャンスがあったのだが、上手く押さえられてしまい結局3番手でのチェッカーとなった。
初めてにしてはなかなか内容の濃いレースだったと思う。
正直SCが入ったのは想定外だったのだがこれもレースだ。
クラッシュしたドライバーに怪我がなかったのは良かった。
さて明日はいよいよ今回最後の走行となるレース2が行われる。
だがその前に今日はマセラッティのゲストの方々との同乗走行がイベントの最後に入っている。
今回レースには使われていないスペアカーに同乗用のシートを取り付け、ゲストの方を乗せてサーキットを走るのだ。
これはかなり貴重な体験になるだろうと思う。
ゲストの方を隣に乗せる前に、1周だけマシンの確認も兼ねてウォームアップをして欲しいとのこと。
今回レースには使っていないスペアカーか…。
ちゃんと動くのかな?なんてちょっとだけ心配している僕がいる。
このスペアカーは誰かがクラッシュなどでマシンを壊してしまい、走行が不可能になった場合にだけ使用される予備のマシンだ。
早速ゆっくりとマシンをスタートさせ、いつも通り1コーナーに進入する。
2コーナーを通過したところであれ?とマシンの挙動に違和感を感じる。
鈴鹿名物のS字コーナーを通過、このコーナーはこの週末の間ずっとアンダーステアで苦しめられているコーナーだ。
曲がる…!何でだろう?
逆バンクを過ぎてダンロップを駆け上がるこのコーナーも、この週末の間かなりのアンダーステアに悩まされているのだが、このマシンでは全く違う挙動を示している。
あれれれ…。
デグナーコーナーを駆け抜けた時に確信した。
明らかに僕がこの週末に走らせているマシンとは違った動きをしていることを。
まだタイヤも温まっていないアウトラップでこれほどまでの差を感じるとは、ラップを重ねたらいったいどうなるのだろう?!
同乗走行を終えた僕はすぐさまエンジニアの所へと足を運ぶ。
今しがた同乗走行で使ったマシンの挙動が僕の使っているマシンと全く違うのだが、何故だとおもう???
エンジニアの返答はこうだ。
「全てのマシンはセットアップもほぼ同じなのでそんなに違いがあるはずはない。」
それはもちろん僕だって百も承知だ。
それでも違うものは違うのだ。
ドライバーの持つ感覚というセンサーは、意外と正確なことが多い。
マシンのセットアップを得意分野とする僕は、当然ながらこのマシンの感じ方のセンサーに関しては自信がある。
あーでもない、こーでもないと押し問答が続いている。
まあこのような場合、直ぐに結論が出ることはまずないだろう。
この時点で僕の中では大体の原因は予測できていた。
マシンのセットが同じなのであれば、サスペンションが壊れているか、それともマシンの剛性そのものに問題があるとしか考えられない。
週末僕のドライブしているマシンの動きが普通以上に大きいという事実に、同乗走行にて他のマシンをドライブする機会を得たことで気ついてしまったのだ!
僕は長いレース経験からこうした問題が起きたときの原因の追究には慣れている。
納得のいかない顔をしているエンジニアとメカニックにちょっとお願いをしてみた。
このマシンを前回レースで使ったのはいつなのかを調べてみて欲しい。
誰がいつ、どこで走らせたマシンなの?
直ぐには答えが返って来ない…。
まあ仕方ないか。
ゲスト参戦でもある僕が詰め将棋をやり過ぎるのも如何なものかと気持ちを抑えることにする。
マシンを変えられるものなら変えて明日のレース2は走りたい。
でもそれを決めるのは彼らだ。
当然マシンを変えればマシンのカラーリングが違ったりと、色々な問題が生じてくる。
まあ変えてくれることはないだろうな。(苦笑)
ちょっと後ろ髪を引かれながらもサーキットを後にする。
そして迎えた日曜の朝、この日は少し肌寒いが天気は良さそうだ。
最終コーナーからは、1コーナーに向かって爽やかな風が吹いている。
これは鈴鹿サーキット独特の風だ。
サーキットの特性上、この風が吹くとラップタイムが上がるのは良く知られている事実だ。
メインストレートとバックストレートでは追い風となりスピードが上がる。
そしてS字区間やスプーンコーナーでは向かい風になりダウンフォースが増すため、コーナリングスピードが上がるのだ。
風を読むのはヨットだけではない。
この風向きで大きくセットアップが変わることもある。
さて肝心のマシンなのだが・・・。
やはりそのままだ。(笑)
イタリア人のメカとエンジニアが少し落胆して歩いている僕を呼び止める。
「信治!アンダーステアの原因が分かったぞ!見てみてくれ!」
マシンを覗き込むとマシンのステアリングがあるはずのところに、全然関係のない棒の工具が突き刺さってあるではないか?!
これをステアリング代わりにすればアンダーは消えるぞ!ってイタリア語で書かれてある!
これがイタリア流の問題解決の仕方だ!!!(笑)
ヨーロッパに長い僕だからこういうジョークにも慣れているからいいようなものの、真面目な日本のドライバーなら怒っていただろうな。(笑)
実はその代わりと言っては何だが、彼らもそれなりに情報を集めてくれていた。
1つ目はこのマシンはずっとスペアカー扱いでもう2年位はレースには使っていないとの事。
2つ目はマシンのシャーシナンバーだった。
「信治これを見てみろ、ほぼ一番古いシャーシだ…。」
僕のマシンのシャーシ番号は8番だった。
新しいマシンは40番台!
せめて20番台くらいのものにして欲しかった!!
まあ8は好きな番号なので良しとしよう。なんて能天気に考えている僕もいる。
想像するに皆が使用しているマシンより数年古いものだと考えられる。何だよ~!!
このようなマシンではシャーシの剛性が何よりも重要なのは火を見るより明らかだ。
まあでも今更仕方ない。
ちゃんと質問に対しては調べてくれていたし、あとは僕が頑張って何とかするしかないだろう。
こんな時は切り替えが重要だ。せっかくのレースだ。楽しもう!
レース2は日曜の朝一のスタートだ。
前日より気温も低くタイヤには優しい条件になっている。
それはタイヤに優しい僕のドライビングスタイルのアドバンテージを減らすことにもなってしまうだろう。
レース2はレギュレーションにより、レース1フィニッシュ順位のリバースグリッドである7番手からのスタートだ。危なそうなところだな・・。
スタートは上手く決まった。
後ろのラガッツィが少しフライング気味で1コーナーまでに僕の前に出てきたのには驚いたが、彼はそのままの勢いで更に前を走るマシンを強引にパスしようとして、当然ながら他車にヒットしてしまう。
その間隙を衝いて、僕は3コーナーまでに4番手に浮上。
シケインで前を走るマシンのイン側に飛び込み、少し接触するがオーバーテークに成功。
3番手まで順位を上げることが出来た。
1周目の混乱でトップの2台とは少し間隔が広がっていたのだが、徐々にその差を縮めることが出来2番手のマシンの真後ろまで接近する。
軽くプレッシャーをかけながら抜けるタイミングを伺っていたのだが、このとき僕の背後にはシリーズリーダーのモンティン選手が迫っていた。
彼のペースは僕のそれよりも若干良さそうだ。
コーナーでの彼のライン取りをミラーで見ていると、明らかに僕のマシンよりアンダーステアが少なく乗りやすそうに見える。
6周目だっただろうか?後ろからプレッシャーをかけて来ていたモンティン選手がデグナーの入り口で僕のマシンの左リヤに接触。
ヘヤピンの入り口でも軽く接触があっただろうか。
彼は昨日のレースでも1度シケインで後ろから接触してきていてちょっと気になっていたのだが…。
スプーンコーナーへと向かう通称マッチャンコーナーで再び後ろから大きな衝撃が。
僕のマシンは大きくバランスを崩しスピンしながらコース内側のダートを横切りスプーンコーナーまで滑り続ける。
マシンはスプーン1つ目のコース上でようやく止まるが、タイミングが悪くスプーンに進入してきた他車が僕のマシンを避けきれずに接触する。
この接触により左リヤのサスペンションが破損してしまい、走行は不可能となりここで万事休す。
レースにアクシデントは付きものなので仕方ないのだが、シリーズをリードしているドライバーには、もう少しスマートなレース展開を見せて欲しかったかな。
シリーズを争っている彼のライバルは1周目のアクシデントで既にリタイヤを喫していたのだからそれほど無理をすることはないのに…。
彼はこの走りでペナルティを受けることになり表彰台と大切なポイントを失った。
僕にとってはこのアクシデントにより、目の前にあった優勝へのチャンスが消えさってしまった。
アンダーステアのマシンと格闘しながらも、強力なライバルであるモンティン選手を抑えるのは正直簡単な作業ではなかったと思うのだが、僕にもやはり意地があった。
シリーズチャンピオン争いに配慮しつつ、日本人ゲストドライバーとしてこのレースを盛り上げるために週末を全力で戦ってきただけに、このような幕引きには正直落胆した。
とはいえ結果は悔しいが、やれることは充分やれたし納得するしかない。
ゲストドライバーとしてお声がけ頂いた今回のレース、ぜひ優勝で華を添えたかったのだが残念だ。
僕の初めて尽くしのレースウィークエンドはこうしてちょっとほろ苦い形で終えることとなった。
こんな感じで楽しく集中力に満ちた時間はあっと言う間に過ぎてしまったのだが、最初このお話を頂きお引き受けするかどうかを悩んでいたことを考えれば、レースの全ての内容を省みて悔しいと思うのは贅沢な話かもしれない。
今では箱車のドライビングにも多少の自信が出来た気がする(笑)
先日の富士での2年振りとなるプロトタイプカーマシンをドライブしての優勝といい、今回の苦手な箱車でのレースといい、この年齢になって少し運転が上手くなってきているような気がするのだがやはりそれは気のせいなのだろうか?!
そしてつい先日マレーシアはセパンにて開催されたアジアンルマン第2戦でも、再び優勝を飾ることが出来た。まさかの2連勝だ!
ここ数年は年にたった1、2回しかレーシングマシンをドライブしていないのだが、もう少しドライブする機会を増やしてもいいのかもしれない。(笑)
今回このような素晴らしい機会を頂きましたマセラッティジャパンさんにこの場を借りて御礼を申し上げたいと思います。
この一週間はマセラティの持つサーキットでのレーシングカーとしてのポテンシャルの高さと、街中では目立ち過ぎない少し抑え気味のスパルタンな独特な空気感が、ドライブする僕の気持ちを高揚させてくれていました。
次はどんな新しいチャレンジがまっているのだろう。
歳はとってみるものだね。(笑)