Raca

マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿を終えて(1)

「マセラティのレースなんだけど興味あるかな?」

そんな連絡を友人から貰ったのはいつ頃だっただろうか。

僕は結構長い間この仕事をさせて頂いているのだが、今の今まで市販車に近いいわゆる箱車でレースをした経験は1度もない。
しかもエンジンが前に載っているFRマシンでは、一度もサーキットを走った経験すらないのだ。

2004年には1年間日本のGTを戦い、昨年のルマン24ではGTクラスのマシンを操る機会があった。なので箱車の経験が全くのゼロと言うことではない。
まぁ箱車の初心者と言ったところだろうか。

少しばかりの経験はあるのだが、正直なところ僕自身は箱車を速く走らせる自信など全くと言ってもいいほどない。
まあ簡単に言えば僕にとって箱車とは苦手な分野なのだ。
ブレーキング時に起こる大きなピッチングに、コーナリング中のまるで大きなバスでもドライブしているかのようなロール感。
11歳でカートレースを始めて以来、ずっとロールの少ないダウンフォースの効いたレーシングカーばかりをドライブしてきた僕にとっては、実に摩訶不思議な動きをする乗り物なのだ。
サーキットで屋根があるマシンに乗るのも未だに馴染めない。(笑)

とりあえずマセラティで鈴鹿を走っている姿を想像してみる。
やはりどうも上手く浮かんでこない。
今回のオファーを受けたとしても、あまりに下手でご迷惑をかけるのもなんだしなぁ…。
実は、このオファーを受けるかどうかに関しては結構悩んでいたのだ。

それなのに。
最終的に前向きな気持ちになれたのは何故なのだろう?
やはり僕の年齢のせいなのだろうか。
この年になって僕の中で新しい挑戦に対する欲求が、今まで以上に大きなものになりつつあるのを感じている。
どちらかと言えば自分では自らのことをかなりコンサバな性格だと思っているのだが、そんなずっと40年以上かけて作り上げてきた殻のようなものを少しずつ破っていくのも面白いかなと。
数年前の僕では想像も出来なかったことだ。

今回オファーを頂いたのは「マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿」への参戦だ。
このマセラティと言うちょっと意表を衝いたブランドも、僕にとって魅力の一つだった。
皆さんはマセラティに対してどんな印象をお持ちだろうか?
僕は勝手ながら少し自分に似ているなと思える部分が幾つかあると思っている。
フェラーリでもポルシェでも、またランボルギーニでもなく、ある意味、独立自尊でわが道を貫くスタイル。
圧倒的な主張はしないがきちんとした車作りで、その実力は非常に高いレベルにある。
そんなどこにも属さないイメージがどこか自分のような気がして面白い、身勝手かもしれないがそんな部分に共感を覚えた。
そして、そんなこんなでマセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿ラウンドへの参戦が決定したのだ。

今回このレースが鈴鹿で開催されるということも僕にとっては大きかったのかもしれない。
鈴鹿は2004年以来、レースと言う意味では11年もの間走行していない。
あの美しく、素晴らしい鈴鹿サーキットを久しぶりにレーシングスピードで走ってみたいと思ったのだ。

マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿を終えて

僕はこれまでの長いレースキャリアで世界中のありとあらゆるサーキットでマシンを走らせる機会に恵まれてきた。
そんな僕が改めて世界一のサーキットだと思えるのはやはりこの鈴鹿サーキットだ。

今回の鈴鹿でのレースに先立って友人が所有するシミュレーターでトレーニングをすることにした。
久しぶりの鈴鹿サーキットに、初めて操るマシン、しかも箱車・・・。
やはり何かやっていないと落ち着かない。
最近のシミュレーターは本当によく出来ていてマシンの挙動なんかはなかなかのものだ。
2時間ほどマシンを走らせてみてなんとなくではあるが感じは掴めた気がする。
でもこれはあくまでシミュレーターである。
普段ゲームなどを全くと言っていいくらいやる機会がない僕なだけにあまり長くやっていると少し酔ってくる(笑)

マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿を終えて

レースウィークの木曜日にサーキット入り。
今回はマセラティジャパンさんのご好意でレースウィークにマセラティグランツーリズモを貸与して頂いている。
レースまでにこの車にちゃんと慣れておいてくれよ!とでも言われているようだ(苦笑)
この美しいマセラティをゆっくりと走らせながらイメージを膨らませて鈴鹿へと向かう。
いい車はゆっくりと走らせたくなるものだ。

マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿を終えて

レーシングドライバーとして鈴鹿入りをするのは11年振り。
ここ数年の僕はまるで通りすがりのドライバーのようなので、久しぶりにサーキットを訪れるとちょっと緊張する。(笑)

殆どレースに関する前情報もなかったので、今回ドライブするマシンがどんな感じで、どんな選手達が参戦していて、そしてどんなルールでレースが行われるのかはサーキッ トを訪れるまで分からなかった。
まずは今回レースで使用されるマシンがずらりと並べられたパドックへ行ってみる。
なかなか壮観な眺めだ。

マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿を終えて

シート合わせと軽いミーティングをするために、今回僕のマシンを担当してくれるメカとエンジニアを探してみる。
しばらくすると陽気なイタリア語が耳に入ってくるではないか。
僕にとってはちょっと懐かしい響きだ。
「Ciao Shinji !」
おー、今回はイタリア人のメカニックなのか。
僕は98年にミナルディからF1へ参戦していたこともあり、1914年にマセラティが設立されたイタリアのボローニャから程近い、ファエンツァという小さな田舎町に1年間暮らしていたことがある。
ミナルディと共に戦い1年を過ごしたイタリアは僕の大好きな国。
そんないい思い出もあり、彼らと打ち解けるのに時間は全くと言っていいほど必要なかった。
楽しい週末になりそうだな。
この時初めて尽くしのスタートを前に不安山盛りだった僕に、明るい材料が突然降って来たようだった。

マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿を終えて

そして迎えた金曜日、この日は公式走行と予備予選が行われる。
この予選でトップ10に入る事が出来れば翌日朝に争われるスーパーポール予選へ進出が出来るというルールだ。
恐らくトップ10には残れないだろうな・・・。
これがこの時の正直な気持ちだ。

公式走行がスタートした。
恐る恐るアクセルを踏み込み、慣れない手つきでステアリングを操作する。
その動きはまるで初心者のようだ。
久しぶりの鈴鹿は、数周すると驚くほど感覚が蘇ってきた。
改めて人間の持つ記憶力、潜在能力とは凄いものだと思う。
肝心の走りの方なのだが・・・おっかなびっくりではあるが少しずつペースアップは出来ている。
マシンはと言うと・・やはり全ての動きがゆっくりだ。
ブレーキ、ステアリング、シフトチェンジ、スロットル操作の全てをそれまで僕がドライブしてきたマシン達とは違ったテンポで行われなければならない。
少しマシンの挙動が掴めて来たので、セッションの終盤にかけてペースアップしてみる。
やはりタイミングの取り方が難しい。
もともとのマセラティの組成の良さなのか、マシンのバランスそのものは想像していた以上に良くて乗り易い。
ただそれでも純フォーミュラ上がりの僕にとっては、信じられないくらいに車の動きが大きいのだ。
コーナリング中、ブレーキング中を問わず、どこまでもマシンが沈みこんでいく感じになる。

それでも何とか始めてのプラクティスセッションは無事に終了。
結果は3番手と驚きの順位!

マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿を終えて

このレースに参戦しているドライバー達のトップの5、6人くらいはブランパンGTシリーズを戦っていたり、このレースを4、5年戦っているようでかなりの実力の持ち主達だ。
慣れないマシンと格闘している僕を尻目に好タイム叩き出し、セッションをリードしたのがこのシリーズで現在ランク2位につけているラガッツィ選手。
ちょっと話をしてみたが、まあバリバリの典型的なイタリア人だった。
2番手タイムを叩き出していたのが現在シリーズをリードしているモンティン選手、彼は物静かだがその奥に闘志を漲らせているこれまた典型的なフランス人。
この2人は選手権をリードしているだけあってかなりの実力者と見て取れる。
そしてこの2人はかなり仲が悪い。(苦笑)

予備予選までの間に何が出来るかを考えてみるのだが、このレースではマシンのレギュ レーションが厳しくコントロールされていてセットアップの変更は殆どやれるところがない。
まあ運転に慣れるしかないということだろう。
イタリア人のエンジニアと話をしてみてようやくこのレースの内容が理解出来てきた。
そういうレースなのか・・。

マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿を終えて

そして初日午後にはもういきなりの予備予選である。
まだマシンを手足のようには操れるところまでいっていないが、兎にも角にもやってみるしかない。
これまでのレースキャリアで得てきた知識と経験を総動員させて集中力を高めてみる。

マシンの動きはマセラティの特性なのかアンダーステア傾向がかなり強い。
その対策としてタイヤの温め方を少し工夫しながら一度目のアタックに入る。
ここ鈴鹿ではタイムラップの3周目辺りがベストなタイヤのグリップを得られる周回になりそう。
このアンダーステアと格闘しながらも、何とか自分なりのベストなラップをまとめるべく久しぶりの鈴鹿を攻めてみる。
大きなミスはない。
初めてのニュータイヤに、初めての予選にしては悪くない走りが出来たと思う。
まだイメージに走りは追いついていないが、この予選が今与えられた環境の中で僕に出来るベストであったことは間違いないだろう。
グリッドはまさかの2番手!

こうして緊張また緊張の中、初めてづくしの初日が終わった。
初心忘れるべからず…か。

明日はスーパーポールとレース1が控えている。
この日ポールポジションを獲得したイタリア人のラガッツィ選手は、マセラティのファクトリードライバーも務めているこのレースも4年目の経験豊かな強豪選手だ。
それにしても彼のラップタイムが速すぎる…。
この日の走行を終えて、今回初めて各ドライバーにデータロガを見る機会が与えられた。
データロガとは、マシンに積んであるテレメトリー装置によって、走行中のスロットル開度やブレーキプレッシャーなどのデータを走行後に確認出来るという優れものだ。
これは各ドライバーにとって非常に有り難い代物で、他のドライバーとの色々な比較を データ上で行える。
ここで僕はこの予選で圧倒的な速さを見せていたラガッツィ選手との比較データを見てみることに。

何だこれは??
そこからは色々なことが見えてきた。
走らせ方の違いはある程度理解できるのだが、それにしてもこのコーナリング中のスピード差は理解しがたい…。
当然ながら僕の悩みは一層深まっていく…。
走り方だけでこんなに変わるものなのだろうか。
何度もあのデータのようにマシンを走らせるイメージを作ってみるが、どうしてもそのイメージを超えたところにデータの数字があるのだ。
セットアップもマシンそのものも皆がほぼ同じなはずなのに。

まあ悩んでいても仕方ない、楽しむことに頭を切り替えてイメージを作ることにした。

迎えた土曜日、今日も鈴鹿サーキットは爽やかな秋晴れだ。
この週末の鈴鹿は本当に気持ちのいい天気が続いている。
慣れないマシンへの学習が必要な僕にとって、この天候は有り難い。

マセラティトロフェオMCワールドシリーズ鈴鹿を終えて

(2)へ続く

レーススケジュール

アーカイブ